十四話 素振り
「どんな特訓でも愛のために乗り越えてやるのです!」
鼻息を荒げてやる気満々のベル。
そんなベルの様子を見てシャルが大地にこっそり尋ねる。
「なあ大地。特訓とは何のことだ?」
「ああ。お前からホームランを打てるように特訓にするって話だ」
「な、なにっ! あのベルが私からホームランを打ちたいだと!?」
大地の話を聞いてシャルは驚愕する。
大地はそれを見て、生意気にもエースである自分からホームランを打とうとする気でいることに驚いているのかと想像したが実際は違った。
「私が投げれば必ずボールに当たりに来てボールが当たる度に快感とのたまわっていたあのベルが!」
「……」
――変なやつだと思ってたけどそこまで変なやつだったんだな。
大地とシャルはチラリとベルを見ると、やる気アピールなのかなぜかシャドーボクシングをしていた。
☆
――ふっふっふ。いつまでもお姉さまとイチャつけると思ったら大間違いですのよ、ゴミ虫。
――この特訓を乗り越えたころにはお姉さまの心はあたくしのものです!
――そしたらゴミ虫なんて用済みです。あたくしにお姉さまの心を奪うアドバイスをしたことを地獄で後悔しやがれです。
ベルは思わず笑みをこぼす。
「おいベル」
「なんですのゴミ虫」
大地が声をかけるとベルがキッと睨む。
「ゴミ虫って……。まあ別にいいけど。それよりも特訓を始めるぞ」
そう言って大地はベルにバットを渡す。
「なんですのこれは?」
「バットだけど」
「……?」
ベルはなぜ大地がバットを渡したのかわからず首を傾げる。
――なぜお姉さまの心を奪うのにバットが必要なのですの? このままゴミ虫を殴り殺せと?
――いや、もしかしてこのバットは隠語? バットで連想できるものといえば……。
「もしやお姉さまは男!」
「何を言ってるのだ貴様は? 私は女だ」
ベルの突飛な発言にシャルはあきれる。
「むっ?」
――確かにお姉さまの入浴をこっそり覗いた時にはバットなんて汚物はありませんでした。
「ではこのバットはなんのためですの?」
「素振りを見せろってことだよ。スイングを見ないとアドバイスもできないだろ」
「素振り……」
――ははーん、なるほど。アドバイスと言っても素直に教える気はさらさらないというのですね。野球を教える中にお姉さまの心を奪うヒントがあるということですね。
――ただのゴミ虫かと思ったら小賢しいことをやってくれやがるのです。
ベルは大地に言われて素振りをする。
ブンッ、ブンッ、ブンッ。
ベルのスイングは意外にも風を切る音がするほど鋭かった。そもそもベルは野球の素人だがチビーズと違って運動ができないわけではない。なんたって素手で岩をも砕くほどの力を持っているのだから。
大地はそんなベルのスイングをじっくり観察していた。グリップを握る力加減、振るときの目線、身体の使い方、重心移動、などなど。
「へえ、結構いい音出すんだな。だけどそれだけだ。腕だけで振ってるせいでスイングが安定しない。そんなスイングだと試合じゃまともにボールに当たらないぞ」
大地のアドバイスを聞いてベルは思案する。
――つまりお姉さまの心を奪うには力技だけではダメだと言いたいのか。確かに言われてみれば、今まで強引にお姉さまにアタックしていたのにまともに相手にされなかった。
とベルは大地のアドバイスをそう解釈する。
「ならどうしろというのです?」
「腕だけで振るんじゃなくて全身を使って振るんだ。そして素振りだろうと相手ピッチャーを明確にイメージして振ることだ。ただやみくもに振るだけじゃ意味ないからな」
――ほう、要はただただがむしゃらお姉さまにアタックするのではなく、事前にイメトレをすることが大事ということですのね。
「まあ腕だけでそれだけ振れるなら態勢を崩しても飛ばすことができるわけだけど」
――時には力技も有効というのですね。
――ふむふむ、さすがお姉さまの心を奪っただけありますわね。だがお姉さまは渡しません!
その後もベルはと大地のズレたアドバイスはしばらく続いた。
☆
「あのベルがまともに練習してる」
ベルの素振りを見ていたシャルは感心していた。
「今まで練習する度に私に付きまとって練習なんてまともにしたことなんてなかったのに……。やっぱりすごいな大地は」
シャルは自分よりすごい大地を見て、少しだけ悔しそうな表情を浮かべる。
「それに比べて私は……」
そう言ってシャルは自分の練習を始める。




