十一話 メルキド帝国
「ぶぇっくしゅん!」
メルキド帝国にある地下牢に粗野なくしゃみの音が響き渡る。
「あー、誰かおれの噂でもしてんのか? もしかしておれのファンかもな。つーかおっぱいってどんな感触なんだろうなー」
地下牢に投獄されているというのに囚人の泉八雲はアホなことを呟きながら鼻をすする。
そんな八雲を見て監守があきれるように言う。
「なあ、お前自分の置かれてる状況わかってるのか?」
「おう、あれだろ? 俺が皇帝を暗殺しにきた暗殺者って疑われてるんだろ」
と何でもないことのように答える。
「ああ。お前が皇帝陛下の屋敷に侵入したせいで上の連中は大騒ぎだ。警備隊の連中なんて責任問題で揉めてるし、お前をさっさと拷問して依頼主を吐き出せと騒いでもいるぐらいだ。過激なやつは処刑しろって騒いでいるしな」
「むっ、それは困る。童貞のまま死ぬのは嫌だな」
「そういう問題か?」
本来なら皇帝暗殺を企てた人間に対してこんな対応するわけにもいかないのだが、ふざけたことを真面目に言う八雲に監守は完全に毒気を抜かれていた。
「おれにとっては重要な問題だな。野球を始めたのだって異性にモテたいからなんだぞ」
「なんだ、お前は野球選手だったのか? 俺は野球が好きでよく試合を観に行くけどお前みたいな選手知らないな」
「いや、野球選手というより今はまだ高校球児だからな。でも来年からはプロ野球選手になるからおれのこと覚えておいて損はないぞ。なんならサインもやるぞ」
「ははは。威勢がいいな。でもコウコウ球児ってのは何だ? 球児ってこと野球選手じゃないのか?」
監守は八雲の言った単語の意味がわからず問う。
「おいおい、高校球児を知らないっておっちゃん頭大丈夫か? 甲子園を目指す高校生のことに決まってんだろ」
「お前こそ何言ってんだ? コウシエン? コウコウセイ? そんなの聞いたこともないぞ」
「おっちゃんこそ何言ってんだ? 甲子園なんて日本人なら誰でも知ってる――ん?」
そこまで言って八雲は違和感に気付く。
「なあおっちゃん? いまさらだけど日本はいつから皇帝ペンギンの家に入ったぐらいでこんな大騒ぎするようになったんだ?」
「はぁ?」
「えっ?」
怪訝そうな顔をする監守と、変なこと言ったのかとキョトンとする八雲。
「お前、何言ってるんだ? ここはニホンじゃなくてメルキド帝国だ。そしてお前が侵入した屋敷はこの国の皇帝の屋敷なんだぞ」
「皇帝ってあの皇帝? ペンギンじゃなくて?」
「当たり前だ」
「うっわー、そりゃーまずいなー」
ようやく自分のやったことの意味について知った八雲だったが、相変わらず反省する様子はない。宿題を忘れた小学生のようなノリだった。
「やっぱりお前あんまり事の重大さを理解してないだろ」
「まあそれはなんとかなるだろ」
「ったく、お前ってやつは……。お前と話してると真面目に仕事をやってる俺がバカみたいだ」
「おっと! 褒めたって何もでないぞ!」
八雲が照れると監守は盛大なため息を吐く。
「それよりもメルキド帝国なんて聞いたことのない国だけどここってもしかして異世界なのか?」
「へえーお前は異世界から来たっていうのか、すげーなー」
と今度は監守の方が投げやり気味に応対する。
「おっちゃん信じてないな?」
「そりゃあな。異世界から人がやってくるなんておとぎ話みたいな話だしな。どうせ『英雄球児』のおとぎ話でも知って自分が英雄にでもなったつもりなんだろ? 俺も若かったころは『英雄球児』みたいになりたくて野球選手になりたかったんだが、才能がなくてなぁ」
としみじみ語る監守。
「はあ? なんだそのうさん臭そうなおとぎ話は」
「なんだ、『英雄球児』を知らないのか? もし生きてたなら本を貸してやるから読んでみろ、ハマるぞ」
「そんな本の話なんてどうでもいいからおれが異世界からやってきたってことを信じろよ。俺が皇帝の屋敷にいたのも黒い穴みたいのに入ったらあそこにいたんだよ。あれはきっと異世界のゲートだったに違いない」
「そういえば捕まったときにそんなこと言っていたなゲートねぇ」
監守はそれが本当なら警備がもっとも厳重な皇帝の屋敷侵入できたのも頷けると考える。
目の前の男は皇帝の屋敷に突然現れた。厳重に警備された門を通り抜け、護衛隊が常に巡回している中庭を誰にも見つからず屋敷に現れたのだ。現在の皇帝は周囲から恨みを買われることが多いが、今まで誰一人侵入を許したことはなかった。屋敷で働くメイドが目の前の男を見つけて悲鳴を上げたおかげで目の前の男を捕まえることができたのだ。
「なあなあ、おっちゃんは魔法とかって使えないのか?」
囚人だというのに八雲は気軽に監守に話しかけてくる。
ヘタしたら皇帝暗殺未遂で明日に処刑されるかもしれないというのに目の前の男は全く恐怖というのを感じていない。
もし自分が同じ立場ならこんな風に監守に話しかけたりできないだろうなと思い監守は目の前の男に呆れを通り越して尊敬の念を抱く。
なので監守も何アホな質問をしてるんだと思いつつ囚人に対して少しだけフランクな対応をする。
「そりゃあ俺は男だから使えねーに決まってるだろ」
「はああああ! 異世界なのに男じゃ魔法が使えないってどういうことだよ! 女か? 女になれば使えるのか? チンコ切ったら魔法使えるのか?」
「チンコって……。俺は学者じゃねーから知らんがどうなんだろうな?」
「それは中々面白い発想ですね」
監守と八雲の会話に第三者が入ってきた。
監守は会話に入ってきた第三者の顔を見て慌ててひざまずく。
「へ、陛下!」
会話に入ってきたのはメルキド帝国皇帝ジル・メルキドール。
「なに、こいつが噂の皇帝なのか?」
「ば、バカ! 陛下に指を向けるなんて恐れ多いぞ! それに口の聞き方にも気をつけろ」
「でもよ、皇帝って言う割に若すぎじゃねえのか? ってきり偉そうなジジイかと思ったら俺と大して歳も変わらないみたいだし優男みたいな面だし」
「……」
八雲の暴言のせいで監守の顔がみるみる青くなる。
目の前にいる皇帝は数いる中の皇帝候補を押しのけて最年少でこの国の皇帝になった男だ。そんな男がただの優男なわけがない。もし囚人の一人もろくに監督できないのかと皇帝の怒りを買ったら自分のような下っ端は解雇どころか本物の首が飛ぶことになるかもしれない。
実際に無能な貴族連中はこの皇帝によって処断されているのも知っている。そのせいで皇帝の周りには敵が多いのだが。
だがそんな監守の心配は杞憂だった。
「そんな怯える必要はないですよ。彼の言ってることは事実ですし」
と穏やかな口調で皇帝は言う。
「ですが……」
「それよりも彼と二人で話がしたいので彼を解放してもらえますか」
「よ、よろしいのですか。この者は陛下を暗殺しようとしたかもしれませんが」
「ええ」
と皇帝に言われては下っ端の監守にはもう言い返すことはできない。
「わかりました」
皇帝の指示に従って監守は八雲を檻から出して外へと連れ出す。その際に監守は八雲に粗相のないようにしろと厳重に注意する。
地下牢からでると馬車が待機してあったのでそこに八雲を乗せる。
「オルタさん、あなたの勤勉な働きぶりは知っています。これからも頑張ってくださいね」
皇帝が監守にそう伝えると馬車が走り出す。
「は!」
監守は自分の様な下っ端の名前を皇帝が覚えているだけでなく、仕事ぶりを褒めてもらったことが嬉しくて涙が出そうになるのを必死に堪えながら敬礼して馬車を見送る。
馬車の中で監守と皇帝であるジルのやり取りを見ていた八雲は辟易した顔で言う。
「お前って人の扱いに慣れてるな」
「これでも皇帝ですからね」
八雲の嫌味をさらりとかわすジル。
「それでその皇帝がどうしておれを急に地下牢から出したんだ?」
なんとかなるだろうと楽観視していた八雲だったが思ったよりも早く釈放されて少し警戒する。
「そうですね。しいて言うならあなたに興味を持ったからですね」
「……なん……だと」
ジルの言葉を聞いて八雲の表情が険しくなる。
狭い馬車の中で八雲はなるべくジルとの距離をとる。
「俺にはそういう趣味はないぞ」
と、八雲はお尻を抑えながら答えると、ジルはクスクスと笑っていた。
「何がそんなにおもろしいんだよ」
不機嫌そうに言いながらも八雲はお尻から手を離さない。
「いえいえ、あなたが想像以上に面白い人だったのでつい」
と嬉しげに語るジル。
「初めは私の屋敷に忍び込んだコソ泥がどんな人物か興味を持ったんですが、あの仕事に真面目な監守のオルタと打ち解けたり私相手に物怖じしない態度だったりと中々珍しいタイプの人間ですね。あと、一応言っておきますが私は男色家ではありませんよ」
その言葉を聞いて八雲は警戒レベルを落とす。
「それを早く言えよ。警戒して損したじゃねーか」
急に口調がくだける八雲。
「それで、皇帝陛下じきじきにおれに会いに来た用件ってのは何なんだ?」
ジルは八雲のくだけた口調のことは気にすることなく本題に入る。
「私の目的はあなたがもし本当に異世界から来たのならどうやって異世界にやって来たのかその経緯を聞きたいんですよ」
「経緯ねぇ。つっても久瀬のやつをストーキングしてたらあいつが黒い穴みたいのに入っていったからおれも追いかけるようにして入っていっただけだからなぁ。んで気が付いたらお前の屋敷にいたわけだし」
「その時近くに誰かいませんでしたか?」
「あーそういえばいたな。でもフード被ってたから顔までは見えなかったけど」
「なるほど。やはり彼女が動きましたか」
どうやらジルはフードの人物に心当たりがあるようだった。
「彼女ってことはお前の知り合いなのか?」
「いや、知り合いというより敵という感じですね。それより久瀬というのはどんな人ですか?」
「あいつはおれのライバルだな。なんたってこの天才打者のおれに初めて敗北を植え付けた唯一の男だからな」




