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まだ、誰かが残っている  作者: 伊丹 宝


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第四話 道に立つ子ども

その交差点には、いつも同じ時間に人が立っている。正確には「立っているように見える」。しかし、近づくとそれが曖昧になる。


町外れの小さな交差点。片側は坂道、もう片側は古い住宅街へ続く細い道。夜になると、車の通りはほとんどない。その場所で異常が報告され始めたのは、ある事故をきっかけにだった。1台の車が急停止した。理由は分からない。ブレーキでもない、障害物でもない。ただ“止まらなければならない気がした”という証言だけが残っている。そして、その交差点には子どもがいた。最初に見た者は、そう言った。しかし次に見た者は否定する。


「いなかった」


それでも報告は一致している。“必ず事故の直前に、そこにいる”。だが奇妙な点がある。その子どもは、動かない、走らない、振り返らない。ただ「そこにいる」。あるタクシー運転手の証言がある。


「信号のない交差点なのに、あそこだけ必ず減速する。見てるわけじゃないのに、止まらされる感じがする」


そしてこう続けた。


「止まった後、必ず思い出すんです。“何かを見た”って」


しかしそれが何かは思い出せない。役所は監視カメラを設置した。映像は正常だった。車は普通に通過している。歩行者もいない。だが映像には“違和感”があった。フレームの隅に、必ず何かが写り込んでいる。それは子どもかもしれない、影かもしれない、ノイズかもしれない。ただひとつ確かなのは、「見た人だけが気づく」という点だった。


その夜、女子高生がその交差点を通る。帰宅途中だった。信号はない。街灯も弱い。車もいない。ただ、風だけが少し止まっている。彼女は歩く、交差点の中央に向かって。そのとき…“誰かが”立っている。目の前に。しかし次の瞬間、分からなくなる。


そこにいたのか

いなかったのか


ただ、体が勝手に止まる、ブレーキのように。彼女は理解する。これは“見た”のではない。止まらされたのだ。そのとき、後ろから声がする。振り返るが、誰もいない。しかし確かに聞こえる。


「止まる位置です」


その声は、命令ではない。確認だった。彼女は気づく。この交差点では事故が起きないのではなく、“事故になる前に調整されている”。その夜から変化が起きる。事故は減るではなく、“事故の前提が消えていく”。ある日、警察の記録から奇妙な一文が消える。


「事故未遂」


その項目自体が存在しなくなる。つまりここでは…


・起きる前に修正される

・修正されたものは起きていない扱いになる

・起きていないものは記録されない


そして彼女は思い出す。最初に見た“子ども”、あれは人ではなかったのではないか。では何か?答えは出ない。しかし理解だけが残る。その交差点で起きていることは、事故ではなかった。記録を精査した警察の担当者は、最初そう結論づけた。「事故が起きていない」ではなく、「事故として成立していない」その違いに気づいた者は少ない。交通記録には奇妙な共通点があった。


・急ブレーキ

・視線の逸れ

・軽い減速

・理由のない停止


これらは全て記録されている。しかしその先が存在しない。


「接触なし。被害なし。異常なし」


すべてが“そこで終わる”。まるで、そこから先の現実が意図的に切り取られているようだった。警察官の一人が言った。


「事故が“起きないように”されている」


しかしもう一人は否定する。


「起きているけど、残っていないだけだろ」


この2つは同じ意味のはずだった。しかし、どこかでズレている。その夜、別のドライバーが異変を記録した。ドライブレコーダーの映像。交差点に差し掛かる直前、音が一瞬だけ消える。そして車が止まる。完全な停止。エンジン音だけが微かに残る。そしてその瞬間だけ、画面の中心に“何か”が映る。


ー子どもー


しかし次のフレームでは消えている。ドライバーは証言する。


「ブレーキは踏んでいない。でも止まった」


そして続ける。


「止められた感じがした」


警察は再現実験を行う。同じ時間、同じ速度、同じ経路。結果は同じだった。必ず減速し、停止する。しかし理由は記録されない。ここで異常が確定する。この交差点では、運転操作が原因ではなく、結果として記録されている。つまり順序が逆転している。


・止まる → 理由が後から生成される

・見る → 記録が後から調整される

・気づく → 気づいたこと自体が修正される


その夜、彼女は再び交差点に立つ。帰宅途中、そこにいた女子高生だ。今度は意図的に、止まらないように歩く。だが数歩で止まる。何かがいるからではない。止まることが“正しい状態”に修正されるから。彼女は気づく。この場所では「動く・止まる」の判断は意味を持たない。すでに結果が先に存在している。そのとき、背後で声がする。


「停止位置です」


まただ。同じ声。しかし今回は違う。声の主が少しだけ“分かる”。子どもではない、人間でもない。ただ、“交通の流れそのものが声になっている”。彼女は理解する。子どもは存在しているのではない。“交通の調整結果が視覚化されたもの”だ。つまりこうだ。


・車は止まるべき場所で止まる

・事故は起きる前に消える

・その結果が「子ども」という形を取る


子どもは原因ではない。結果の姿だった。その瞬間、彼女は思い出す。最初に見た“子ども”は、動かなかったのではない。動く必要がなかったのだ。すでに全ての動きは、その子の周囲で“調整済み”だったから。夜、彼女が帰ろうとしたとき。交差点の中央に再び影が立つ。しかし今度は怖くない。むしろ自然だった。そこに“あるべきもの”のように。その交差点は、夜になるほど静かになる。静かになるのではない。静かである状態に“固定される”。


女子高生はもう、その場所で何かが起きるとは思っていなかった。起きる・起きないという概念が、ここでは意味を持たないことを理解していたからだ。ただ1つだけ、毎回同じものがある。交差点の中央、そこに「子どもがいるように見える場所」。しかし今日は違っていた。そこに“境界線”があった。見えるでもない、消えているでもない。そこだけ、空気の濃度が違う。彼女は立ち止まる。するとすぐに気づく。止まったのではなく、止まる位置に移動させられた。その瞬間、背後で声がする。


「到達確認です」


彼女は振り返らない。もう意味がないと分かっている。しかし声は続く。


「事故は未発生。調整は正常。位置修正完了」


その言葉を聞いた瞬間、彼女は理解する。この場所では、すべてが“報告”されている。しかし報告しているのは人ではない。現実そのものだった。ゆっくりと、交差点の中央を見る。そこに“子ども”はいない。しかし代わりのものがある。


“その形をしていたはずの空白”


彼女は初めて、怖さではなく確信を持つ。あれは人ではなかったのだ、最初から。そのとき、視界が少しだけ揺れる。揺れたのではない。現実が再配置される瞬間だった。彼女は気づいてしまう。この交差点には「子ども」はいない。いるのはただ1つ。事故が起きないように整えられた“状態そのもの”。つまりこうだった。


・子どもは存在しない

・子どもは機能である

・子どもは“調整結果の視覚化”である


だから姿が必要だった。なぜなら人間は「結果」を理解できないから。結果を理解できない存在のために、結果は“人の形”を取る。そのとき、遠くで車の音がする。しかし交差点に入る前に止まる。理由はない。ただ“そうなる”。彼女は理解してしまう。この子どもは守っていない。事故を防いでいるのでもない。事故が存在できない状態を維持しているだけだ。


その瞬間、交差点の中央に1つだけ変化が起きる。“子どもだった場所”が、わずかに明るくなる。まるでそこが「正常な基準点」であるかのように。彼女は気づく。ここでは、正常が先にある。異常が後から消されるのではない。最初から“正常だけが残るように設計されている”。その夜、彼女は最後に一度だけ交差点を見る。そこにはもう何もいない。ただ、すべてが整っている。そして理解する。あの“子ども”は消えたのではない。



最初から「必要な場所」にだけ存在していた。


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