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まだ、誰かが残っている  作者: 伊丹 宝


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第三話 消える写真館

その写真館は、最初から少しだけ“場所が合っていなかった”。


商店街の一角、地図にも載っている。看板もあるし、営業もしている。それなのに、前を通るたびに「こんな店だっただろうか」と思ってしまう。最初に気づいたのは、学校の新聞部の女子生徒だった。彼女は地域取材の一環として、この写真館を訪れた。目的は簡単なものだった。


「昔の商店街の写真を見せてもらう」


それだけ。店内は静かだった。シャッター音の残響のような空気がずっと漂っている。受付には誰もいない。呼び鈴を鳴らしても返事がない。しかし、奥から“誰かがいる気配”だけがする。しばらくすると、奥から店主らしき男が出てきた。年齢は分からない。ただ、顔の印象が“定まらない”。見るたびに少し顔が違う気がする。


「写真ですか…」


そう言って、彼はアルバムを出した。それは分厚く、古びているのに、妙に新しい匂いがした。ページをめくると、そこには商店街の写真が並んでいた。今と変わらない風景。しかし、どこか違和感がある。人が少ない…というより、“一部が抜けている”。


ベンチの横

店の前

通学路


そこに“誰かがいたはずの空白”がある。彼女は気づく。これは記録ではない。欠落している写真だ。


「この人、誰ですか?」


彼女は一枚の写真を指差す。そこには数人の学生が写っている。しかし、一人だけ顔がぼやけている。店主は少し間を置いて答える。


「…最初からいませんよ、誰も」


その言葉に、妙な違和感が走る。彼女は確かに知っている気がした。そこに“誰かがいたこと”を。しかし、その記憶はすぐに薄れる。まるで思い出すこと自体が禁止されているように。その夜、彼女は夢を見る。


カメラのシャッター音。

何度も、何度も。


そのたびに、誰かの顔が消えていく。朝目覚めると、昨日までの集合写真が変わっていた。自分の隣にいたはずの友人がいない。だが誰も気にしていない。誰もその存在を話題にしない。彼女だけが違和感を持っている。しかし、その違和感さえも曖昧になっていく。学校へ行くと、クラス写真が配られていた。そこには全員が写っている。ただし、一部の顔だけが“見えないほど自然にぼやけている”。まるで最初からそういう構図だったかのように。


彼女は写真館に戻る。しかし、そこに店はなかった。建物はあるが、看板が消えている。扉も開かないし、中に人の気配もない。ただ1つだけ残っている。入口の横に貼られた、古いポスター。そこには集合写真が印刷されていた。しかし、その中の数人が“空白”になっている。彼女は息をのむ。その空白は、見覚えがある。消えた友人の場所だった。その瞬間、背後からシャッター音がする。


ーカシャー


振り向く…誰もいない。



だが、空気だけが少し重くなっている。まるで今、何かが“撮影された”ように。写真館が消えた翌日から、町の空気は少しだけ軽くなっていた。誰もそれに気づかない。気づく必要がないように“調整されている”からだった。しかし彼女だけは違った。新聞部の女子生徒は、消えた友人のことを思い出そうとするたびに、頭の中が滑る感覚に襲われる。名前が出ない。顔は思い出せるのに……抜け落ちていく。彼女は写真を調べ直した。


スマートフォンのアルバム

クラスの集合写真

文化祭の記録


どれも同じだった。その友人は「写っている写真」と「写っていない写真」が混在している。最初は単なるミスだと思った。撮影タイミングの違い。


ブレ

編集ミス


しかし違った。同じ日時の写真でも、存在しているものと消えているものがある。彼女は気づく。これは“記録の揺れ”ではない。記録の選別だ。その夜、再び異変が起きる。彼女のスマホが勝手にフォトアルバムを開く。そして一枚の写真が表示される。


文化祭の集合写真


しかしそこには違和感がある。中央付近に、明らかに“何かがいた空間”がある。しかしそこだけが空白になっている。まるで、そこにいた人間だけが最初から存在しなかったように。その瞬間、画面にノイズが走る。


ーカシャー


シャッター音。彼女は息を止める。スマホはただの記録装置のはずだ。しかし今、撮られている。彼女の背後で。振り返るが、誰もいない。しかし気配だけがある。次の瞬間、写真が更新される。空白だった場所に“輪郭”が現れる。しかし顔はまだない。ぼやけている。彼女は理解する。これはまだ“消える途中”だ。


翌日、学校へ行くと異変があった。黒板に貼られていたクラス写真が変わっている。昨日まで存在していたはずの“空白”が、一部修正されている。その空白は縮小していた。消えていくのではなく、“調整されている”。まるで誰かが少しずつ削除作業を進めているように。彼女は職員室で聞く。


「この写真、変わってませんか?」


教師は首をかしげる。


「元からこうだったけど?」


その瞬間、理解が落ちる。写真は記録ではない。“現在の正しさを定義するもの”だ。つまり、過去は固定されていない。写真が“正しい過去”を決めている。彼女は震えながら気づく。消えた友人は、最初から消えたのではない。“消えた状態が正史として更新されている”。


その夜、彼女はもう一度スマホを見る。集合写真は変わっている。空白はさらに広がっている。そして、その空白の隣に、新しいぼやけが生まれている。今度は自分の顔の隣だった。彼女は息をのむ。


ーカシャー


また音がする、今度ははっきりと。そして気づく。写真はもう“過去”ではない。今、この瞬間も撮られ続けている。その日、彼女はもう写真を見ても驚かなくなっていた。慣れたわけではない。理解してしまっただけだった。


朝、学校へ行くと掲示板のクラス写真が差し替えられていた。昨日より、空白が減っている。その代わりに、別の場所がわずかにぼやけている。彼女は気づく。これは「消える作業」ではない。“順番に書き換えている”。教室に入ると、友人たちの会話が普通に流れている。しかし彼女だけが違和感を持つ。昨日まで隣にいたはずの存在について…誰も話さない。最初から“その枠がなかった”ように。彼女は机に座る。その瞬間、机の中に一枚の写真があることに気づく。現像されたばかりのような、湿った紙。


ークラス写真ー


そこには彼女自身が写っている。しかし、少しだけ違う。自分の隣に“ぼやけた影”がある。昨日までいなかったはずのもの。その影は、見れば見るほど“人の形”をしている。そして、彼女は理解してしまう。これは未来の写真だ。今まだ存在していないものが、すでに写っている。その瞬間、背後で音がする。


ーカシャー


もう驚かない。そう思ったのに、体が反応する。振り向くと、誰もいない。しかし空気が違う。“撮られた直後の空気”だ。次の瞬間、教室の窓に一枚のポスターが貼られていることに気づく。昨日はなかった。誰も貼っていない。


集合写真


しかし全員の顔が、少しずつ違う。ある者はぼやけている。ある者は輪郭だけ、ある者は完全に空白。そして彼女は気づく。空白は「消えた人」ではない。“消える途中の人”だ。


その夜、彼女は写真館へ向かう。存在しないはずの建物へ。しかし道を進むと、そこは確かに“ある”。看板はないし、扉もない。しかし中に入れる。そこは変わっていなかった。アルバムだけが、机の上に並んでいる。そして中央に1冊。新品のように見えるが、表紙は古い。彼女はゆっくりと開く。そこには、無数の写真。


町の写真

学校の写真

公園の写真

家の写真


そしてそのすべてに共通している。“何かが抜け落ちている”。彼女はページをめくる。そして気づく。すべての写真は、同じ構図だ。誰かがいて、誰かがいなくなる構図…ではなく、最初から「消える前提」で撮られている構図。そのとき、背後で声がする。


「来ましたね」


店主の声。しかし振り向いても誰もいない。声だけが続く。


「ここは写真館ではありません。記録装置そのものです」


彼女はゆっくりと息を飲む。声は続く。


「写すためではなく、消すために存在します」


その瞬間、理解が落ちる。写真は記録ではない。削除プロセスだ。存在しているものを記録するのではなく、“記録できる形に整えてから消している”。だからぼやける。だから空白になる。彼女は震えながらアルバムを見る。


最後のページ


そこには一枚だけ、まだ未完成の写真。中央に自分。そして隣に、薄い影。まだ消えていない。しかし時間の問題だと分かる。そのとき、シャッター音が鳴る。


ーカシャー


そして声が聞こえる。


「完了しました」



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