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第三章連載中 元義妹は元義兄と暮らしたい〜他人になったはずの元義妹と再会したら学校でも猛アタックしてきて困ってます〜  作者:
元義兄は元義妹と暮らしたい

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箱根旅行1日目②


チェックインを済ませ、案内されたのは旅館の中でも眺望が良いと評判の、落ち着いた和室だった。窓が広く、清潔感のある素敵な空間だ。


「わあ……! いいお部屋だね!」


「ああ、最高だな。十分すぎるくらい落ち着けそうだな」


「見てよ、この窓。ここからだと山の緑がすごく綺麗に見えるよ!」


凪は靴を脱ぐと、ふかふかの畳の上で少し跳ねるようにして窓際へ駆け寄った。外には箱根の山並みが静かに広がっていて、さっきまでの商店街の喧騒が嘘みたいだ。


「ねえ、見て! このお茶菓子、すごく美味しそう」


「ああ、地元の和菓子屋さんのやつかな」


「あー、最高っ」


凪は窓際の座椅子にどっかと座り込み、窓の外の景色をぼんやりと眺め始めた。俺は荷物を片隅に置き、少し落ち着かない気持ちでその横に腰を下ろす。


「お茶、淹れようか」


「あ、いいの? ありがとう」


急須で温かいお茶を注ぐ。立ち上がる湯気を見つめながら、凪がふと表情を和らげた。


「みーくんのおかげだよ」


「奮発した甲斐があったな」


「本当にありがとう。……ねえ、この後、食事だよね?」


「ああ、部屋食だって言ってたろ。楽しみだな」


会話が途切れても、不思議と気まずさはない。窓から吹き込んでくる山の風が、部屋の中を心地よく通り抜けていく。夕暮れが近づき、山並みがゆっくりと深い群青色に染まっていく。


「ねえ、ちょっと外の空気吸いに行かない?」


「いいね。ベランダに出られるみたいだよ」


二人で窓を開け、小さな縁側のようなスペースに出る。外はもうひんやりとしていて、都会とは違う凛とした空気が流れていた。


「あー、気持ちいい……。やっぱり空気が違うね」


「ああ、なんだか深呼吸するだけで身体が軽くなる気がするよ」


「本当だね。ずっとこうして景色を眺めていたい気分」


凪は手すりに寄りかかり、夜の闇に飲み込まれつつある山々を眺めている。その横顔を眺めていると心が満たされる。


「今日色々回れててよかったな。おとといの夜、計画表作っててよかったよ。おかげで迷わずに済んだし」


「ほんとだね。私があれもこれもって詰め込みすぎたのに、全部付き合ってくれてありがとね」


「楽しかったからな」


「よかった。本当に今回の旅行、楽しみにしてたの」


凪が少し照れくさそうに笑い、俺の方を向く。その瞳に、旅館の明かりが反射してキラキラと輝いている。


「ありがとう。一生忘れられない思い出になりそうだよ」


「……まだ一日目の夜だろ」


「分かってるってば! でも、今この瞬間がすごく幸せだって言いたかったの」


しばらくして、仲居さんが夕食を運び入れてくれた。品数も多すぎず少なすぎず、ちょうどいいボリュームの料理が並ぶ。


「すごい……。どれも美味しそう!」


「地元の山菜に、魚か。いいメニューだな」


仲居さんが丁寧に料理の説明をしてくれる間、湊たちはただ頷きながら、期待に胸を高鳴らせていた。説明が終わると、凪が箸を持ち上げ、小さく手を合わせた。


「いただきまーす!」


「いただきます」


口に入れた刺身は、新鮮で引き締まっていて甘かった。


「……んー! おいしい! さっき食べ歩きしたのに、別腹って本当にあるんだね」


「お前、さっきの食欲は何だったんだよ」


「それはそれ、これはそれ! ほら、これも美味しい!」


二人で笑い合いながら、箸を止めることなく料理を一つずつ堪能していく。


「あー、お腹いっぱい。……もう動けないかも」


「食べ過ぎだろ」


「だって、美味しいのがいけないんだよ」


凪は満足そうにお腹をさすりながら、座椅子に背中を預けた。夜の帳が完全に降りて、窓の外は漆黒の闇に変わっている。遠くで虫の声が聞こえる。


「……ねえ、そろそろ温泉、行こうか?」


「うん。……あ、そういえば」


凪が少しだけ頬を染めながら、俺の方を向いた。


「このお部屋のお風呂、温泉なんだよね?」


「ああ、そう書いてあった。この部屋専用の温泉だな」


「二人で、入れるよね?」


凪の言葉に、俺の心臓が少しだけ跳ねた。


「……ああ、そこそこ広そうだし」


「……うん。じゃあ、行こうか」


二人は立ち上がり、浴衣を羽織って浴室へ向かった。ドアを開けると、木の良い香りと温泉特有の匂いが立ち込めている。


「うわ……。すごい、想像よりずっと雰囲気あるね」


凪はそう言って、湯気の向こうに広がる檜風呂をじっと見つめた。月明かりが、窓の外の木々の影を浴室の壁にゆらゆらと映し出している。


「本当だな。いい感じだな」


俺はそう答えながら、浴衣の帯をほどいた。少しだけ緊張で指先が震える。凪もそれに応えるように、ゆっくりと自身の浴衣に手をかける。さらりと衣類が滑り落ち、露わになった肌が、浴室に満ちる湯気の熱を浴びて、ほんのりと上気し赤らんでいく。


「……ねえ、みーくん」


「ん?」


「なんか、ドキドキするね」


服を脱ぎ終えた凪が、少しだけ照れくさそうにこちらを見て、小さく微笑んだ。その瞳は潤んでいて、普段よりもずっと熱を帯びているように見える。俺は彼女の細い肩に視線をやり、喉が鳴るのを必死にこらえた。


「俺もだよ。……凪が綺麗すぎて、心臓がうるさい」


「もう、そんなこと言って……」


凪がはにかみながら、湊の手に指を絡める。俺は彼女の手を握り返し、足元のタイルが滑らないように気遣いながら、二人で湯船の方へと進んだ。


月明かりに照らされた木々が、夜の静寂の中に静かに浮かび上がっていた。露天風呂のような開放感に、凪が小さく息を呑む。


「わあ……すごい。月、すごく綺麗だね」


「本当だな。……こんなところで、凪と二人きりなんて贅沢すぎるよ」


凪は窓の外の景色を少しの間見つめていたが、やがてゆっくりと檜の湯船へ歩みを進めた。一番端の段差に腰を下ろし、凪がゆっくりと湯船に足を浸す。


「……熱っ! ……いや、少し熱いけどちょうどいい温度かも」


「本当だ。最高だな」


凪がゆっくりと湯船に沈み込んでいく。白い湯気が二人の身体を優しく包み込んでいく。


「ねえ……」


「ん?」


「今日、本当に楽しかったね。商店街歩いて、美味しいもの食べて……」


「ああ、最高の始まりだよ」


凪が俺の方へゆっくりと近づいてくる。湯船の中で、そっと手が重なる。


「明日も明後日も、楽しみだね」


「……そうだな」


夜の静寂の中で、温泉の温かさと、隣にいる凪の体温だけが、今の世界のすべてだった。俺たちは言葉を探すこともせず、ただ静かに湯に浸かり、箱根の夜を二人だけで共有していた。


「ねえ、明日、何時に起きる?」


「朝ご飯が8時だったかな」


「じゃあ、少し早めに起きて朝風呂でもしよっか!」


「そうだな。そうしよう」


私たちは湯船の中で寄り添い、窓の外に広がる真っ暗な山を見つめた。今日という日が、終わりたくないほど愛おしい。そんなことを感じながら、俺たちはゆっくりと、長い夜を過ごし始めた。


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