結果発表と夏休みの始まり
終業式前の校舎は、試験結果を待ちわびる生徒たちの熱気と、どこか浮ついた空気が混ざり合っていた。掲示板の前には、すでに黒山の人だかりができている。湊は凪の手をしっかりと握り、人混みをかき分けて先頭へと進んだ。
「……あった」
掲示板の最上段、学年一位の欄に湊の名前がある。周囲からは「また湊かよ」「あいつ、教科書全部暗記してるんじゃないか?」といった感嘆の声が漏れる。湊はそんな周囲の声を意にも介さず、隣で身を硬くしている凪の番号を探した。
「凪、大丈夫。……ほら、ここだ」
湊が指さした先に、凪の番号があった。凪は恐る恐る視線を横に滑らせる。
「……85点、82点、88点……全部8割超えてる……! みーくん、私、本当にやり遂げたよ!」
凪の名前の隣には『13位』の文字。全教科平均で8割を大きく上回る好成績だった。
「すごいな、凪。本当によく頑張った。努力が結果になったんだな」
「うん……! みーくんが教えてくれたおかげだよ。よかった……!」
二人が顔を見合わせて喜びを爆発させようとしたその時、クラスの女子数人がニヤニヤと近づいてきた。
「お、凪じゃん! 見たよ、13位すごいね!」
「前回は平均だったのに。……あ、もしかしてこれ、湊に手取り足取り『マンツーマン指導』してもらったおかげ?」
凪は頬をポッと赤らめながらも、湊の手を握り返して胸を張った。
「 みーくん、私が苦手なところを全部見抜いて、放課後もずっと付きっ切りで教えてくれたの」
「出たよ、ラブラブアピール! はいはい、ご馳走様です」
「いやー、そんなに彼氏に愛されてて羨ましい限りだよ。湊くん、どんだけ凪ちゃんのこと好きなのよ。自分の試験勉強もあるだろうに」
「夏休みに思う存分遊びたいからな。そういう意味では俺自身のためでもある」
そう湊がいうと女子たちは
「湊くん本当に変わったね」
「誰かコーヒー買いに行かない?」
「「「行く」」」
そう言って購買の方に行ってしまった。
湊はその様子を見送ると、凪の腰に自然と手を回し優しく微笑んだ。
「よく頑張ったな」
「……みーくん」
凪は湊の胸に顔を埋め、とろけるような笑みを浮かべる。
「……みんなに揶揄われて、恥ずかしくないか?」
「ううん、全然。だって事実だもん。みーくんが私を見てくれてる証拠だもん」
湊は彼女の頭を愛おしそうに撫で、耳元で低く囁いた。
「……さて、……帰ったら、ご褒美な」
「っ……!」
凪の頬が一気に真っ赤に染まる。ようやく手に入れた自由な時間への期待と、湊からの言葉の熱さに、凪の心臓は激しく高鳴った。
その時、背後から「おーい、二人とも!」と明るい声が掛かった。振り返ると、涼と千尋、それに香織がこちらへ駆け寄ってくるところだった。
「お疲れ様! 凪、13位って聞いたよ! すごいじゃん!」
「ほんとほんと! 湊くんのマンツーマンのおかげかな?」
「うん!夏休みたくさん遊びたいから頑張った」
「どうしたの?顔赤いけど?」
香織にからかわれ、凪は慌てて両手で頬を覆った。
「う、ううん、なんでもないよ! ちょっと暑いだけ!」
必死に取り繕う凪の様子に、千尋が「ふーん? 本当かなぁ」とニヤニヤしながら湊の方を見る。
「湊くん、もしかして今、なんか甘いこと言ったでしょー?」
「……さあ、どうだろうな」
湊は涼たちの視線を軽く受け流しながら、自然と凪の背中に手を添えた。
「それより、夏休みだろ。どっか遊びに行こうぜ」
「えっ、ほんと!? 行く行く! 海とか!」
涼の提案に、千尋と香織も「賛成!」「楽しみ!」と声を弾ませる。
「詳細はまた今度LINEで話そうよ。今日はとりあえず帰って、ゆっくり休みたいでしょ?」
千尋が気を利かせてそう言うと、凪は「うん、ありがとう!」と大きく頷いた。
「また連絡するね!」
「……やっと終わったね。校長先生、最後に『夏休み中も羽目を外さないように』なんて言ってたけど、今の私たちにはちょっと耳が痛いかも」
凪が校門をくぐりながら、小さく苦笑いを浮かべる。
湊もまた、周囲に聞こえない程度の声で応じた。
「ああ、羽目を外すなって言われても、この一週間頑張った分くらいは自分たちにご褒美をあげてもいいだろ」
ようやく長い終業式を終え、二人だけの帰路に着く。背後で校庭から聞こえてくる賑やかな声も、今では遠いもののように感じられた。校門を抜けた先には、夕暮れに染まり始めた街並みが広がっている。
((……やっと、二人きりになれた))
湊の手が凪の手をしっかりと握りしめる。マンションへと続く道のりも、今は二人だけの特別な時間に感じられた。家という聖域へ向かって、二人は足取りを速めていく。
マンションの入り口が見えてくると、二人の歩調は自然と速まった。
エレベーターを待ち、部屋の前に立つまでのわずかな間も、二人の手は離れることがなかった。鍵を開け、静寂が支配する室内へ足を踏み入れる。ドアを閉めて鍵をかけた瞬間、張り詰めていた空気がふわりと溶けた。
「……やっと、着いた」
湊がそう呟くと同時に、凪は湊の胸元に飛び込むように抱きついた。湊もそれを待っていたかのように、凪の背中に力強く腕を回し、自分の胸へと引き寄せる。
「みーくん……」
名前を呼ぶ声は甘く震え、湊を見上げる凪の瞳には、さっきまでの羞恥心よりもずっと深い、熱い感情が揺らめいている。湊は凪の額に自分の額をそっと合わせ、そのまま視線を唇へと落とした。
「よく頑張ったな、凪。……ずっと、我慢してた」
低く囁かれた言葉が凪の鼓動を加速させる。湊がゆっくりと顔を近づけ、重なり合った二人の唇は、試験期間中に交わしたどんな会話よりも雄弁に、互いを求め合う気持ちを伝えていた。
最初は確かめるように、けれどすぐに互いを貪るように。玄関の限られたスペースで、二人は絡み合う吐息とともに、ようやく手に入れた自由な時間を噛みしめていた。
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