テストに向けて
数日後の夕食後、マンションのリビングには温かな空気と、食後の心地よい気だるさが漂っていた。テーブルの端には、試験範囲の教科書やノートが少しずつ積み上げられ、容赦のない期末試験がすぐそこまで迫っていることを告げている。
湊は片付けを終えてソファに座ると、凪の肩を優しく抱き寄せた。だが、その目はいつもの甘い雰囲気ではなく、少しだけ真剣な色を帯びている。
「凪、ちょっと話がある。来週からの期末試験に向けて、少しだけルールを決めさせてほしいんだ」
凪は湊の膝に頭を乗せ、きょとんとした表情で彼を見上げた。
「ルール? なにそれ。もしかして、イチャイチャ禁止令とか?」
「禁止までは言わない。けど、制限は必要だ」
湊は努めて冷静に言葉を紡ぐ。
「この前のテスト、あんまり良くなかっただろ。だから、勉強に集中する時間は、今の距離感を少しだけ改めないといけない」
「……嫌だ」
凪は湊の胸元に指を這わせながら、ふてくされたように頬を膨らませる。
「みーくんと離れるなんて無理だよ。勉強中も、ずっと近くにいさせて。ずっとくっついてたいの」
「凪、これはお前のための話なんだ」
湊は凪の額を軽く小突くと、少しだけ声を柔らかくして続けた。
「勉強の合間の休憩時間にイチャイチャするのは許可する。でも、それ以外の時はちゃんと集中しよう。あと、一番大事なことだ。試験期間中は……エッチは禁止だ」
「えっ……禁止?」
凪の瞳が見開かれ、ショックのあまり言葉を失っている。
「そんなの、罰ゲームだよ。……みーくんは、私を抱きたくないの?」
「そうじゃない! むしろ逆だ。お前と一緒にいたら、勉強なんて二の次になってしまう自信があるんだよ」
湊は困ったように笑い、凪の手を握りしめた。
「……じゃあ、こうしないか。今回の期末試験、全教科8割以上取れたら、一週間、俺のすべてを凪に自由にしていい。一週間、お前の望む通りに過ごすよ」
凪の瞳が、一瞬で期待に満ちた輝きを帯びた。
「……本当に? 嘘ついたらダメだよ。一週間、ずっと私だけを見て、何でもしてくれるの?」
「ああ、誓うよ」
「わかった!」
凪は力強く頷くと、湊の首に腕を絡めて満足げに微笑んだ。
「8割以上取るために、勉強は俺が付きっ切りで教える。お前が理解できるまで、俺の指導は厳しいぞ。途中で逃げ出したり、甘えてサボったりするのはナシだ。いいな?」
「もちろん! みーくんの指導なら、私、どれだけでも頑張れるよ」
凪は湊の胸に顔を埋め、くすぐったそうに笑った。
「ねえ、今のうちに報酬の先行投資として、一回だけ……」
「ダメだ。今は夕食後の休憩時間だろ? その分だけはイチャイチャしてやるけど、その後は教科書を開くぞ」
「ふふっ、わかってるよ。みーくん、厳しいんだから」
凪は湊のシャツの襟元を整えると、ソファの上で彼に覆いかぶさるようにして、悪戯っぽく唇を寄せた。二人の間に流れるのは、甘やかな恋人同士の時間と、これから始まる厳しい戦いの予感。
「よし、じゃあ最初の休憩時間、終了まであと五分。有効に使わせてもらうよ」
凪が湊を強く抱きしめ、彼女は幸せそうに目を閉じ、彼に身を委ねた。テスト勉強という高い壁と、その先にある甘い報酬。二人の試験期間は、こうして波乱と情熱と共に幕を開けたのだった。
それからの一週間、リビングはさながら小さな学校と化した。湊は隣に座る凪に、数学の公式や歴史の出来事を丁寧に噛み砕いて説明する。凪は、集中力が切れそうになると湊の肩に寄りかかり、甘い視線を投げかけてくる。
「ねえ、ここがどうしても分からないの。……教えて、先生」
凪が教科書を指差しながら、わざと湊に密着してくる。湊は溜息をつきながらも、彼女の肩を抱き寄せ、耳元で静かに解説を続けた。
「……ここな、この数式をこう変形すればいいんだ」
「なるほど……みーくんの声で聞くと、不思議と頭に入るね」
凪はそう言って、湊の頬に軽くキスをする。休憩時間の約束通り、湊はそれを受け入れるが、時間が過ぎればすぐに真剣な表情に戻る。
「はい、休憩終了。次のページに行こうか」
「えー、もっとこうしてたいのにー」
「8割以上が目標だろ? 凪、一週間俺を独占したいなら、今のうちにしっかり叩き込んでおかないと」
その言葉に、凪はキリッとした表情で頷く。
「そうだね。……みーくんをゲットするために、私、本気出すよ」
二人は再び机に向き合う。ペンを走らせる音が響く。
「……ねえ、もし全教科8割以上取れたら、一週間、何して遊ぼうか?」
勉強の合間、凪がふと思いついたように尋ねる。湊は少し考え、彼女の髪を優しく撫でた。
「そうだな……行きたがってた海とか、温泉とかどうだ? 二人きりで、ゆっくりと」
「わあ……最高! 頑張る、私絶対頑張るよ!」
凪の瞳は、未来の報酬を想像してキラキラと輝いている。湊はそんな凪の横顔を見つめながら、心の中で小さく笑った。本当は湊だってずっとイチャイチャしていたいが凪のお母さんとの約束もあるしまだ俺たちは学生だ。将来生活に困らないためにも勉強はしておくべきだろう。
「……じゃあ、もう一踏ん張りするか」
「うん!」
二人は再び視線をノートに戻す。窓の外では夜が深まり、街の明かりが静かに二人を見守っている。試験という名の試練を乗り越えた先に待つ、甘い一週間。その夢を糧に、二人の勉強と少しのイチャイチャは、夜が明けるまで続いていく。
凪は時折、湊の横顔を盗み見る。彼が真剣に自分を指導してくれる姿は、昔よりもずっと頼もしく、そして何よりも愛おしい。昔みたいにずっと一緒というだけでなく、こうして未来に向かって同じ歩幅で進んでいけること。それがどれほど幸福なことか、凪は今、噛み締めている。
「……ねえ、みーくん」
「ん?」
「私、全教科8割取ったら、もっともっと、みーくんを好きにさせちゃうから覚悟しててね」
凪の宣言に、湊は少しだけ赤面しながら、わざとらしく視線をノートに落とした。
「……あ、そう。まあ、その自信があるなら結果で示してくれよ」
「もちろん! ……見ててね、みーくん」
凪はそう言って、湊の手をぎゅっと握る。その温もりは、どんな勉強の疲れも吹き飛ばすほどの魔法のような力を持っている。
読んでくださってありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、
★評価やブックマークで応援していただけると更新の励みになります!





