女子だけでお出かけ
週末の朝、湊の家はいつもより少しだけ騒がしかった。
大きな鏡の前で、凪が何度も服装を変え、そのたびにクローゼットから出した服がベッドの上に積み上げられていく。
「みーくん、こっちのブラウスと、さっきのスカート、どっちがいいと思う?」
凪が湊の前に立ち、くるりと回ってみせる。湊は読みかけの本を閉じ、真剣な眼差しで凪の全身を眺めた。
「どっちも似合うけど……今日の雑貨屋巡りなら、動きやすいほうがいいんじゃないか? たくさん歩くかもしれないし」
「たしかに!」
凪はすぐさま納得し、軽やかな素材のワンピースへと着替えた。準備をする凪を見ていると、湊は自分が置いていかれるという寂しさよりも、彼女が外の世界で誰かと笑い合える時間を手に入れたことへの充足感が勝っているのを感じた。
「……可愛いよ、凪」
「えへへ、ありがとう! ……あ、そろそろ時間だ。みーくん、行ってくるね」
玄関まで見送りに来ると、凪は靴を履きながら、少しだけ名残惜しそうに湊を見上げた。
「……本当に、寂しくない?」
「さっきも言っただろ、寂しくないよ。香織ちゃんと千尋と、存分に楽しんでこい」
湊がそう言って頭を撫でると、凪は嬉しそうに微笑んだ。
「うん、いってきます!」
扉が閉まり、静寂が訪れる。湊は一人、ソファに深く腰を下ろした。凪の香りが残るリビングで、彼はようやく「自分以外の誰かを信頼して凪を送り出す」という実感を噛み締めていた。
(凪視点)
外へ出ると、初夏の風が吹き抜けていた。駅の時計台の下には、千尋と香織が待っている。 香織は、以前のような重苦しさを纏っていない。ラフで洗練されたカジュアルな服装をした彼女を見て、凪は思わず声を弾ませた。
「おっ、凪! こっちー!」
千尋が大きく手を振る。
「おはよう、二人とも! 待たせてごめん!」
「ううん、今来たところ。凪ちゃん、そのワンピース、すごく似合ってるね!」
香織が優しく微笑む。その笑顔には、もう過去の陰りがない。
「ありがとう、香織ちゃん! 香織ちゃんの今日の服もすごく素敵だよ。大人っぽいね」
「そうかな……ありがとう。ちょっと勇気を出して、最近買った服を着てみたんだ」
三人は顔を見合わせると、自然と笑みがこぼれた。それから、雑貨屋さんが並ぶエリアへと足を進める。友人とこうして過ごす時間は凪にとって、それは新鮮で心地よい高揚感だった。
通りに出ると、お洒落な店が並んでいる。
「うわあ、ここ見て! すごく可愛い!」
凪が駆け寄ったのは、木製のキッチン用品が並ぶ小さな店だった。
「本当だ、温かみがあっていいね」
香織が横に並び、一つ一つのスプーンやトレイをじっくりと見つめる。
「……あ、これどうかな、柔らかい雰囲気でいい感じ」
凪は自分の好みを素直に言葉にする。かつては自身を演じて誰かに自分の好みを教えることなどなかった。でも今では自分をさらけ出すことの楽しさを、彼女は学び始めていた。
「……うん、すごくいいと思う。凪って、ナチュラルで優しい素材のものを選びそうだよね。そのセンス、私好きだよ」
「そっか、よかった! 香織ちゃんにそう言ってもらえると嬉しいな」
「ほんとにこのお店いいね!教えてくれてありがとう!」
通りを歩きながら、話題は尽きない。映画の話、最近の学校の裏話。湊を通さない、三人だけの言葉が行き交う。
「ねえ、三人で歩いてるの、なんだか不思議だよね。ちょっと前までこんな日来るなんて思わなかった。凪とは中学から仲良かったのに1回もデートしてくれなかったし」
千尋は落ち込んだように肩を落とす。
「……それはほんとにごめん」
凪が申し訳なさそうに俯く。
「冗談だって。でも今こうやって一緒にお出かけできて嬉しいよ! 」
「ありがとう、2人とも」
「じゃあ、そろそろパンケーキ食べに行こ。予約時間まであと少しだし」
「賛成!」
カフェに入ると、焼きたての香ばしい匂いが鼻をくすぐった。
「ねえ、この後アロマのお店行かない? 千尋ちゃんおすすめの」
「私も行きたい!」
凪は目を輝かせた。湊の好みじゃない、自分の興味関心について話せる喜び。
「香織ちゃんはどんな香りが好き?」
「私はサンダルウッド系かな。落ち着くから。凪ちゃんは?」
「私は柑橘系かな!気分が明るくなる香りが好き」
「あはは、凪ちゃんらしいね。明るい雰囲気にぴったりだよ」
三人は顔を見合わせ、楽しげに笑い合う。
楽しいなと純粋に思った。
「……ねえ、二人とも。今日は本当に楽しかった」
「どうしたのいきなり今日で最後みたいな言い方して」
「あ、いや、そういう意味じゃなくて友達とお出かけとか行ったことなかったから」
「じゃあこれからもたくさんお出かけしようね」
香織が優しく笑う。凪は一瞬驚いたがそう言ってくれる友達がいてほんとに嬉しかった。
「うん。ありがとう!次は私が計画するね!美味しいケーキのお店があるの」
「いいね!でもこんなに美味しいものばかり食べてるとお腹にお肉が……」
香織が自分のお腹をつまみながら葛藤している。
「じゃあ、その次はみんなで体動かせるところいこ!食べても動けば問題なし!」
「千尋ちゃん運動神経いいよね」
「だよね、お手柔らかにお願いします」
三人の笑い声が夕暮れに響く。
帰宅してドアを開けると、明かりが迎えてくれた。湊はソファで本を閉じ、穏やかに微笑む。
「おかえり。楽しかったか?」
「うん、すごく。……ねえ、これ見て。買ったの」
「いい色だな。楽しかったみたいで良かったよ」
凪はソファに座り、街で見た風景や、三人で笑い合った会話を語り始めた。
「ねえ、みーくん。わたし周りのみんなのおかげで少し強くなれた気がする。みんなのおかげで楽しい」
「そうか。……今の凪、前よりずっといい顔で笑ってるよ」
湊の言葉に、凪は照れくさそうに笑い、その肩にそっと頭を預ける。
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