訪問者
金曜日の放課後。校門をくぐり、駅までの人混みを抜けて、二人はようやく帰路についた。一週間という期間を経て、ようやく周囲に「仲の良い幼馴染」として認められたという安堵感が、胸の奥に灯っている。
家に着くと、湊はふっと肩の力を抜いた。学校での「冷徹な優等生」という仮面を外し、リビングのソファに深く腰を下ろす。
「……やっと、二人きりだな」
「うん。……なんだか、今週はすごく長かったような、あっという間だったような気がする」
凪は慣れた手つきでキッチンに立ち、お茶を淹れる。彼女の背中を見つめながら、湊は一週間を振り返った。食堂でのさりげない会話、廊下での視線の交差。互いに距離を詰めすぎないよう、慎重に、けれど確かに自分たちの居場所を学校の中に作り上げてきた。
凪がお茶を持って戻り、湊の隣に座る。以前ならこの距離感でさえ緊張していたが、今ではごく自然に、互いの肩が触れ合う。
「ねえ、みーくん。学校でさ、普通に話せるの、すごく嬉しかった」
「……ああ。俺もだ。お前が隣にいて、俺の名前を呼んでくれるだけで、今までとは世界が違って見えた」
湊は凪の髪を優しく撫でた。一週間、あえて「えっち」を控えていた。互いの欲求に溺れて理性を失わないよう、学校での生活を何よりも優先するためだった。その抑制は、二人の絆をより強固なものにしていた。
「これからもっと、一緒にいようね。……学校でも、家でも」
「もちろん」
夕食の準備を始めようとしたその時、玄関のチャイムが賑やかに鳴り響いた。湊と凪は顔を見合わせる。この時間帯に来る人間など、限られていた。
玄関の扉を開けると、そこには手土産を抱えてニヤニヤと笑う涼と千尋の姿があった。
「よっ! 晩飯、俺らが食材持ってきたから、今日は湊と凪の手料理をご馳走してくれよ!」
「湊くん、凪ちゃん、お邪魔しまーす! 夜の作戦会議ってことで、急遽押しかけちゃった。冷蔵庫の余り物でも何でもいいから作って!」
千尋は悪びれもせず、湊の横をすり抜けてキッチンへと直行する。湊は小さく溜息をつき、追ってきた凪と視線を交わした。凪は少し戸惑いながらも、湊が送った「仕方ない」という合図に頷く。
(せっかく凪とイチャイチャしようと思ってたのに)
(やっと湊とイチャイチャできると思ってたのに)
「イチャイチャしようとしてた?悪いね。気にせずやっといてくれていいから」
「そうそう、作戦会議は建前でイチャイチャを見にきたのだよ」
「「これじゃあイチャイチャできないじゃん」」
二人で反論する様子を見て親友二人はケラケラと笑う。
「じゃあ作るから適当に待っててくれ」
キッチンでは、凪と湊がエプロンをつけて並んで立った。いつもの二人だけの静かな料理時間とは違う。涼と千尋がこちらをニヤニヤしながら見ている。
「へえ、二人で料理とかマジかよ。湊、お前いつからそんなマメになったんだ?」
「……一緒にやった方が早いし楽しいからな」
湊はそう答えながら正味料を用意する。凪は切った野菜を鍋に入れる。その際、湊はわざと凪の背後に立ち、彼女を抱え込むような姿勢で鍋を覗き込んだ。湊の手は凪の腰をしっかりと抱き寄せ、その体温を逃さないようにしている。
「っ……!」
凪が短い息を漏らす。湊は涼の顔色を伺いつつ、凪の耳元で囁いた。
「……好きだよ、一緒に料理できて幸せ」
湊の指先が、凪の腰の皮膚を熱く刺激する。一週間、抑制してきた分だけ、その感触は麻薬のように脳を揺さぶる。
「二人は家でどんな感じなの?」
突然の千尋の問いかけに、凪は顔を紅潮させながらも必死で笑って答えた。
「あ、あのね……湊くん、結構、家では優しいんだよ?」
「うわっ、出たよ! 湊のくせに優しいとかキモっ!」
「涼、うるさい。……凪は俺の彼女だぞ。優しくして何が悪い」
湊は凪の腰をさらに引き寄せ、彼女を自分の体温で包み込む。涼と千尋の前で、堂々と「自分のもの」であることを誇示するように。料理をする手元は完璧に連携しているが、その下では湊の手が凪のシャツの裾からわずかに差し込まれ、温かな素肌を指先でなぞっていた。
「でさ、来週からはもっと距離詰めるの?」
千尋が千鳥足で近づき、湊と凪の顔を覗き込む。
「……まあ、でも気をつけないと歯止めが効かなくなるから」
湊がわずかに口角を上げると、千尋は
「あははっ! ラブラブだね!」
と楽しげに笑う。
少し動揺した凪を湊は慣れた手つきで凪の腰を抱き寄せる。
「ちょっと、凪ちゃん、火使いながらイチャイチャしてると危ないよ」
千尋が茶化すように言うと、凪は真っ赤になって湊からパッと離れようとした。だが、湊は離さない。それどころか、わざとらしく凪の背中に顎を乗せ、涼と千尋から見えない位置で、凪のシャツの上から腰をそっと引き寄せた。
「……危ないのは分かってる。でも、こいつが俺から離れないんだ」
「はあ!? 何言ってんの湊! 今、凪ちゃん離れようとしてただろ!」
涼がツッコミを入れる。湊は平然と、凪が切った野菜を炒めるフライパンを煽った。
「そうか? 俺には、こいつが俺の体温を求めて離れられないように見えたが」
「もう、みーくんってば……っ!」
凪は羞恥で俯いたが、その口元は緩んでいる。湊の指が凪の腰骨をなぞり、そのままシャツの裾から少しだけ入り込む。学校では見せない、二人だけの甘ったるい距離感。涼や千尋を「観客」として意識しながらも、実際には湊の手のひら一つ分という極限の領域で、二人は密かな情欲を交わし合っていた。
並んで料理を盛り付け、四人で食卓を囲む。湊が凪に皿を渡す際、わざと指先を長く絡み合わせた。凪が「んっ」と小さな声を漏らしてびくりとするのを、涼たちは単に「ラブラブだなあ」と笑って見ている。
「いやー、でもホント、お前ら最近マジで雰囲気変わったよな。昔は湊なんてこんな顔しなかったし誰かを好きになるなんて想像つかなかったぜ」
「……環境が変われば、考え方も変わるだろ。今は……凪がいないと落ち着かないんだ」
湊はそう言って、凪の皿に自分の分から肉を移した。凪がそれを「あーん」とばかりに口へ運ぶ。それは高校生らしい無邪気なイチャつきに見えるが、湊の瞳の奥は獲物を狙う獣のように熱を帯びている。
「……ねえみーくん」
凪が湊の耳元で小さく囁く。
「……ん?」
「……我慢の限界」
湊は答えず、ただ彼女の首筋にわずかに顔を寄せる。香水の香りと、料理の熱気、そして凪から漂う微かな甘い匂い。湊の耳元で、凪の鼓動が激しく早鐘を打っているのが分かる。
「……みーくん、いじわる……っ」
湊が低く問いかけると、凪は湊のシャツを握りしめ、顔を真っ赤にして俯いた。湊は涼たちが楽しげに会話をしている隙を見て、テーブルの下で凪の太ももに手を置き、ゆっくりと指を這わせた。
二人の間の空気は、室内の賑やかさとは裏腹に、極限まで張り詰めた熱を帯びていく。あと少しで、この幼馴染という「仮面」が完全に溶け落ちそうなほどに。





