相談②
凪が湊の膝の上で小さく指先を動かす。その無言の合図は、この計画に対する彼女の全面的な肯定であり、抑えきれない喜びの表れだった。湊はテーブルの下で彼女の手をしっかりと握り返し、再び涼と千尋へと視線を戻した。
「……みなと、ほんとにいいの? 学校でも、ずっと一緒にいてくれる?」
凪の囁くような問いかけは、喫茶店内の微かなジャズの旋律をかき分け、湊の鼓膜へまっすぐに届いた。その声には、昨夜の病床で湊を求めた時のような縋る響きと、それ以上の、未来に対する純粋な渇望が混じっていた。周囲の客に悟られないよう、彼女は極限まで声を潜めていたが、その瞳に宿る熱量は隠しようもない。
「ああ。これからは、もっと自然に、堂々と……凪の隣にいる時間を増やしていく。二人とも、面倒をかけるが、頼む。お前たちの協力がなければ、この計画は成立しない」
「面倒なんて、これ以上楽しいエンタメはないでしょ!」
千尋が勢いよくテーブルを叩き、運ばれてきたパフェの器がカチリと音を立てた。彼女の瞳には、湊と凪の愛を自分たちの手でプロデュースしようとする、共犯者特有の愉悦が宿っている。涼もまた、満足げに鼻を鳴らし、再びコーヒーを啜った。
「安心しろ。明日からは『幼馴染設定』をより強固にするための目撃情報を、俺と千尋でばら撒いておく。お前らはただ、少しずつ距離を縮めて、周囲に『変化』を見せつけるだけでいい。これまでお前たちがどれほど不自然に避けていたか、みんな忘れさせるくらいの連係プレーを見せてやるよ。例えば、俺たちが『お前ら最近二人でよくいるな』ってわざと冷やかしてやれば、クラスの奴らは『ああ、公認なんだな』って勝手に認識するはずだ」
その言葉を聞いた瞬間、湊の心の中で、冷たい氷のようだった「他人のふり」という呪縛が、音を立てて砕け散った。これまでどれほど、凪の背中越しに想いを馳せてきたことか。だが、涼と千尋という存在が盾となり、盾となるだけでなく、二人のための道標となってくれている。湊は、凪の膝の上でダンスを踊るように動く彼女の指先に、そっと力を込めた。凪はくすりと笑い、湊の目を覗き込む。彼女の瞳の中には、自分だけの、愛おしい湊の姿が映っていた。学校の女子生徒たちが見る「凪」という記号ではなく、ただの「湊」の恋人としての自分。それが、これから学校という公の空間でも実現されるのだ。
「……湊、私ね。学校で、みーくんと目があった時に、わざと逸らさなくてもいい日が来るって考えると、胸がドキドキして壊れそう」
凪は夢見るように呟いた。喫茶店の薄暗い照明が、彼女の顔をドラマチックに照らし出す。湊はその繊細な頬を愛おしそうに見つめ、周囲に配慮しつつも、二人だけにしか聞こえない声で応えた。
「ああ。俺もだ。……これからは、俺が凪を、もっと堂々と隣に置いてやる」
その言葉は、二人だけの誓約だった。これまで抱えてきた隠し事という名の毒が、四人の信頼によって中和されていく。湊にとって、この放課後の喫茶店での時間は、これまでのどの瞬間よりも幸福で、明日という未来が待ち遠しくてたまらなかった。学校という檻が、これから自分たちの手によって、二人のための温かい空間へと書き換えられていく。パフェのクリームを口元につけた凪が、湊を見ておどけて笑う。湊はナプキンを取り出し、彼女の唇を拭う。そんな何気ない動作一つひとつが、これからは学校の休み時間にも許される。
そんな二人の愛おしいやり取りを、涼と千尋はまるで上質な映画を観賞するかのような眼差しで、ニヤニヤと楽しげに眺めていた。この空間に漂う甘い空気は、二人にとって最高のスパイスだった。
「お前ら、作戦会議はここまでだ。ここからは、俺たちが聞きたいことに答えてもらうぞ。……昨日の夜、結局どうなったんだ? 凪の熱が下がってからの、あの濃密な一日の全貌を、一切の省略なしで教えろよな」
涼の言葉に、千尋が目を輝かせて湊と凪を交互に見つめる。二人の初々しくも濃密な「秘密」を前に、親友二人は期待に胸を膨らませ、ニヤニヤと笑みを深めていった。
「そうよ、そうよ! さっきまでは『作戦会議』だったけど、ここからは『聴取』の時間だからね。だって考えてもみてよ、一日中二人きりよ? 湊くんがずっと看病してたってことは、凪ちゃんの寝顔を一日中見てたってことでしょ? それだけでご飯三杯はいけるわ」
千尋の冗談めかした口調に、湊は少しだけ居心地悪そうに背筋を伸ばし、凪は顔を真っ赤にして湊の胸元に顔を埋めた。
「そんな……別に、特別なことは何も……」
「はい、湊くんアウトー! 『何も』なんて言わせないからね。凪ちゃん、正直に言いなさい。熱で弱ってたとき、湊くんはどんな甘い顔してたの? きっと、普段の冷徹な仮面なんて崩れ落ちてたんでしょ?」
千尋の鋭い追及に、凪はモゾモゾと身を動かしながら、蚊の鳴くような声で答える。
「……みーくんは、その……。ずっと、私の手を握っててくれたの。私が苦しいって言うたびに、名前を呼んでくれて……それで、その……」
凪が言葉を詰まらせると、千尋は「それで?」とさらに身を乗り出す。涼も負けじと、コーヒーカップを握りしめながら、その「密室の報告」を聞き逃すまいと全神経を集中させていた。
「涼、お前までそんなに前のめりになるなよ」
湊が呆れ気味に言ったが、涼は真顔で返した。
「湊、お前分かってねえな。これは単なる野次馬根性じゃねえ。二人の愛の形を知ることで、俺たちが明日からどうやって周囲を欺くか、その『戦術』を練るための重要なデータ収集なんだよ。例えば、昨日の夜、お前がどんな風に凪に接してたかを知っていれば、学校で二人がイチャイチャしてても、『あ、あれは昨日の延長か』って自然に流せるだろ?」
「その理屈はあまりにも飛躍しすぎている」
湊の冷めたツッコミに、千尋はクスクスと笑いながらも、さらに質問を重ねる。
「じゃあデータ収集のために聞くけど、湊くん、凪ちゃんが熱でうなされてる時、どんな顔してたの? まさか、『過労』とか言いながら実はデレデレしてたんじゃないの?」
千尋のその一言が、湊の心の琴線に触れた。湊は少しだけ視線を逸らし、昨夜の記憶を反芻する。雨音だけが支配する部屋で、凪の白い肌が微熱でほんのりと色づき、自分だけを頼りにしていたあの時間。
「……デレデレとは違う。ただ、凪が俺だけを必要としてくれているという事実に、安堵していただけだ」
湊の言葉に、凪が胸元から顔を上げ、潤んだ瞳で湊を見つめる。二人の間に、その場にいる誰にも踏み込めないほど深く、濃厚な情愛が揺らめいた。涼と千尋は、その二人の様子を眺めて、ニヤニヤが止まらないといった風に顔を見合わせる。
「ああ、もうダメだ。見てるだけでこっちまで胃が熱くなるな。……なあ湊、お前本当に救いようがないな。そんな表情で凪を見てたら、誰も『他人同士』だなんて信じないぞ」
涼の言葉には、呆れと、それ以上の深い祝福が込められていた。二人の親友は、この甘美な「尋問」を通じて、湊と凪が自分たちとは別次元の深い愛で結ばれていることを改めて確信し、その絆をより一層守りたいという決意を強めていた。喫茶店の薄暗い空間の中で、四人の友情と愛情が複雑に絡み合い、この夜を彩っていく。湊と凪にとっては、秘密を語ることで、また一つ心の鎧が剥がれ落ちていくような、そんな時間だった。





