# 第98話 聖女エレナ
エレナは、白い衣で歩いてきた。
手は縛られている。
細い首には、白火教会の罪札が下げられていた。
それでも背筋は曲がっていない。
広場のざわめきが、一瞬だけ弱くなる。
民衆は彼女を憎みに来たのではない。
見に来たのだ。
病人に手を当てた聖女。
不浄を焼けと言わなかった聖女。
教会から罪人とされた聖女。
どれが本当なのか、自分の目で見たかったのだ。
シロは地下から菌糸越しに、その足音を聞いた。
軽い。
だが迷いがない。
処刑台へ上がる前、エレナは群衆の中の病人へ目を向けた。
咳をする老人。
足を引きずる少年。
熱で母親に抱かれた幼い子。
エレナの指が、縛られたまま小さく動いた。
祈ろうとしたのだ。
兵がそれを止める。
民衆の中から、低い声が漏れた。
「祈らせてやれ」
すぐに周りが黙らせる。
白火の国で、処刑の日にそんなことを言うのは危ない。
壇上でバルテロが声を張る。
「エレナ。汝は病を焼かず、穢れを抱いた。異形に慈悲を向けた。白火の教えを乱した」
エレナは静かに答えた。
「病人は、穢れではありません」
その一言で、広場が揺れた。
難しい言葉ではない。
だから強い。
病人は、穢れではない。
聞いた人間の中で、誰かの家族の顔が浮かぶ。
バルテロの頬がさらに赤くなった。
「火を」
薪に聖火が移された。
白い炎が上がる。
シロの菌糸が、地下で一斉に熱を拾った。
痛い。
増える。
怖い。
でも、まだ足りない。
エレナは炎を見ても、目を伏せなかった。
揺れない目。
シロはその時、理解した。
この人は、助けを待っているだけではない。
最後まで、自分の言葉を燃やされないように立っている。




