# 第97話 地下の冷却水路
白火広場の地下は、思ったより湿っていた。
上は乾いた薪と白い石。
下はぬるい水、ぬめった壁、古い灰。
どれだけ清浄を掲げても、街は水を流さなければ生きられない。
シロは膝をつき、白い菌糸を水路へ伸ばした。
モルデは先を歩く。足音がない。巡礼布はもう脱いでいた。影に戻った方が、本人も楽そうだった。
「結界の根は四つ」
モルデが言った。
「分かるんですか」
「人が守っている場所は、だいたい重要だ」
単純だが正しい。
シロの菌糸も、壁の中に熱を拾った。
聖火の魔力が、鉄の管を通って処刑台の下へ集まっている。
ゲーム知識では、この管を壊すと聖火が不安定になる。ただし、普通に壊すと警報が鳴る。
正確には、白火広場の処刑イベントには裏手順があった。
正面から聖火台を止めると、聖騎士団が湧く。
処刑台を破壊すると、群衆が混乱して逃走経路が塞がる。
だが地下冷却水路の四番管だけは、一定時間だけ聖火出力を落とせる。
攻略掲示板では「聖女救出ルートの必須ギミック」と呼ばれていた。
田中は、その手順を覚えていた。
まさか自分が、画面の向こうではなく、処刑台の下で同じ管に触れるとは思っていなかったが。
今回は壊さない。
内側に白い菌糸を薄く貼る。
熱を食い、少しだけ流れを鈍くする。
火属性の数値が、シロの中へ入った。
熱い。
痛い。
だが、増える。
本来はダメージとして引かれるはずの数値が、バグで回復と増殖に足される。
何度説明しても変な仕様だ。
そして今、その変な仕様が人を救うかもしれない。
シロは管に触れながら、少し笑いそうになった。
エイプリルフールのネタ職が、宗教国家の処刑台を下から冷ましている。
笑える。
笑えない。
上では人が死ぬ。
「警備が来る」
モルデが短く言った。
水路の奥から、聖騎士の足音が二つ。
シロは眠り胞子を出しかけて、止めた。
ここで兵を眠らせれば、異形の証拠が残る。
「水を」
シロは菌糸で詰まりを動かした。
古い灰と泥が崩れ、ぬるい水が一気に足元へ流れる。
聖騎士が滑った。
鎧が派手な音を立てる。
「誰だ!」
「老朽化です」
シロは小声で言った。
モルデが少しだけ笑った気がした。
壊さず、殺さず、証拠を残さず。
ゲームなら、ここで四番管を破壊してイベントを進める。
現実では、壊した後に修理する人間がいる。
警報で走る兵がいる。
逃げ遅れる子どもがいる。
だからシロは、攻略手順をそのまま使わない。
壊す代わりに、薄く貼る。
イベントを進める代わりに、現場を少しだけ遅らせる。
それでも、知っている者と知らない者の差は大きかった。
聖火騎士団は地上で警備配置を読んでいる。
シロは、地図に載らない冷却管の番号を読んでいる。
水路の白い菌糸は、静かに聖火を食べ始めた。




