# 第94話 煤の袖の司祭
白火教会の関所は、白かった。
壁も、旗も、兵の外套も白い。
だが近づくと、袖口に煤がついているのが分かった。清浄を掲げる国でも、火を使えば汚れる。
関所の横で、若い司祭が病人の列を見ていた。
白い袖に黒い煤。古い祈祷書。話す前に喉を押さえる癖。
「巡礼か」
司祭は聞いた。
マルクが先に頭を下げる。
「病人の旅支援です。保存食と咳止めの薬を少量」
「薬」
司祭の目が鋭くなる。
「ソルバニアでは、出所の知れぬ薬は禁じられている」
正しい。
シロは素直に頷いた。
「少量だけ、旅の途中で使いました。咳がひどい子どもに」
司祭の手が止まった。
列の中で、母親が子どもを抱いている。眠っているが、呼吸は落ち着いていた。
司祭はそれを見た。
見てしまった。
「名は」
「シロです」
「私はマティアス。白火教会の下級司祭だ」
下級、と自分で言う声には、少し苦さがあった。
マティアスは薬袋を開け、匂いを確かめる。
「菌か」
兵が剣に手をかけた。
シロは動かない。
「はい」
マルクの顔が引きつった。
ニコは後ろで小さく「正直すぎる」と呟いた。
マティアスは祈祷書を閉じた。
「不浄の疑いがある。だが、病人をここで止めれば道端で死ぬ」
彼は喉を押さえ、少しだけ迷った。
その迷いが、シロには人間らしく見えた。
「薬は没収しない。ただし広場では使うな。上の者に見つかれば、薬ではなく異端の証拠になる」
「ありがとうございます」
「礼を言うな。私は規則を曲げた」
マティアスは低く言った。
「聖女エレナの裁きも、本当は止めたい。だが止められない」
言ってから、彼は自分の言葉に驚いた顔をした。
シロも驚いた。
下級司祭の正しさは、弱かった。
だが確かに、そこにあった。
関所の門が開く。
白い国の中から、乾いた薪の匂いがした。




