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# 第93話 巡礼路の荷車



 ソルバニアへ向かう巡礼路には、荷車が多かった。


 祈祷用の白布。


 聖火炉へ入れる乾いた薪。


 教会へ納める小麦。


 そして病人。


 歩けない者は荷台に寝かされ、家族が横で祈っている。聖女の最後の祝福にあずかれば病が軽くなる、という噂が流れていた。


 処刑される聖女に、まだ救いを求める。


 その矛盾が、シロには重かった。


 マルクは荷車の横で帳面を開いた。


「今回は商売ではなく、巡礼支援という形にしましょう。保存食と咳止め胞子を、旅の薬として少量だけ」


「それで門を通れますか」


「ソルバニアは異形に厳しい。ですが病人と巡礼者には、表向き優しい国です。優しい顔をしている時ほど、物は通ります」


 嫌な知恵だ。


 モルデは道端の石に腰かけ、白い巡礼布をかぶっていた。暗殺者には見えない。見えないが、巡礼者にも見えない。


「似合ってない」


 ニコが言った。


「黙れ」


「すみません」


 ニコはすぐ謝った。実に判断が早い。


 今回、カトラスは連れてこなかった。


 あのひび割れた甲冑と白い菌糸は、どう見ても巡礼者ではない。本人は「聖地潜入用に土をかぶります」と言ったが、そういう問題ではなかった。


 シロは白い外套の上に、旅人用の灰色の布を重ねた。


 白い肌は隠しきれない。だから病弱な薬売りの助手で通す。


 また助手だ。


 肩書きが軽いほど動きやすい。


 会社でも、偉い人間より現場の派遣社員のほうが裏口の場所を知っている。嫌な例えだが、役に立つ。


 巡礼路の途中で、女の子が咳き込んだ。


 母親が背中をさする。荷車の車輪は止まらない。止まれば列から外されるからだ。


 シロは小袋を出しかけて、止めた。


 ここで薬を出せば、噂になる。


 白い森の薬。


 異形の薬。


 ソルバニアの道でそれは危ない。


 だが子どもの咳は続く。


 シロは母親に近づき、小声で言った。


「旅の薬です。少量だけ。眠くなります」


 母親は疑った。正しい反応だ。


 だが子どもの咳が、もう一度胸を裂くように響いた。


「お願いします」


 薬は効いた。


 子どもは眠り、母親は泣いた。


 その涙を見て、シロは少しだけ安心した。


 同時に、怖くなった。


 ソルバニアに入る前から、救済の種をまいている。


 荷車は白火の国へ進んだ。


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