# 第92話 白火の噂
リムワードの下水路に、ソルバニアの噂が流れてきた。
水ではない。
人の口だ。
巡礼者。薬を買いに来た商人。教会税を嫌って逃げた下働き。そういう人間が、パンの列や診療所の待合で、少しずつ同じ話をした。
「聖女エレナが裁かれるらしい」
「病人を不浄と言わなかったからだ」
「異形にも祈ったとか」
「白火の広場で焼くってよ」
シロは診療所の隅で、それを聞いていた。
サーラが割れ眼鏡を押し上げる。
「顔色が悪い」
「元から白いです」
「そういう冗談を言う時は、だいたい悪い」
見抜かれていた。
エレナ。
その名前は、ゲーム知識の中にもあった。
ソルバニアの聖女。白い衣。治癒奇跡。民衆人気。だが本編では、異端審問イベントで処刑される。
救出できるルートもあった。
ただし、普通の職業なら聖火耐性を積み、地下水路から広場へ入り、処刑台の結界を壊す必要がある。
ネタ職のおばけきのこに、そのルートは用意されていない。
そもそもストーリーで活躍する職ではなかった。
だが今はゲームではない。
シロにはモルデがいる。リムワードの裏道もある。下水に伸びた菌糸もある。
それに、火がある。
本来ならキノコの弱点。
だがシロの場合、エイプリルフール職のバグで火属性ダメージが回復と増殖に足されることがある。
つまり、聖火は危険で、同時に餌かもしれない。
怖い考えだった。
「行くのか」
サーラが聞いた。
「まだ決めてません」
「嘘だね」
シロは黙った。
決めている。
放っておけば、エレナは焼かれる。
救えば、ソルバニアに楔を打てる。聖女を焼こうとした教会と、聖女を救った異形。その噂は強い。
人助けと政治が、また同じ場所に並んだ。
サーラは薬棚を閉じた。
「助けたいなら助けな。利用したいなら、そのことも忘れるな」
「忘れたら?」
「たぶん、あんたは本当に神様みたいになる」
それは褒め言葉ではなかった。
その夜、シロはモルデに命じた。
「ソルバニア行きの巡礼路を調べてください」
「もう調べてある」
影は短く答えた。
街の眠れない夜は、もう次の国へ伸びていた。




