# 第89話 医療実績
サーラの診療所に、最初の医療実績表が貼られた。
咳、二十七人。
不眠、十九人。
発作、六人。
深い眠り、二人。
死亡、なし。
サーラは死亡なしの欄を指で叩いた。
「ここだけは大きく書く」
「大事なので」
「そう。大事なことは何度でも書く。死んでない。死んでない。死んでない」
彼女は冗談めかして言ったが、目は笑っていなかった。
薬で人を救う時、死なせていない事実は強い。
だが同じ表には、別の数字もあった。
苦情申し立て予定、七件から二件へ。
夜間の騒ぎ、十二件から三件へ。
集会参加者、減少。
ユーリスはその表を見て、羽ペンを落としかけた。
「これ、治安報告にも使える」
「医療実績です」
サーラがすぐ言った。
「分かってる。分かってるが、上は見る。夜の騒ぎが減ったと書けば、予算が出るかもしれない」
「薬を増やせと言われる」
「言われるだろうな」
二人は黙った。
シロも黙った。
鎮静胞子は、人を眠らせる。
眠れる人が増える。
泣く家族が減る。
夜の騒ぎも減る。
では、それを行政が欲しがらない理由はない。
モルデが影から言った。
「不安の芽も減っている」
サーラが振り向く。
「それを喜ぶな」
「喜んではいない」
モルデは淡々としている。
「だが、反乱は減る」
嫌な沈黙が落ちた。
その時、診療所の外で母親が頭を下げた。
「先生、昨夜、あの子が初めて朝まで眠りました」
サーラの顔が揺れた。
怒りも疑いも、その一言で少し崩れる。
シロも同じだった。
子どもが眠れた。
それは良いことだ。
良いことなのに、表の数字は支配に使える。
医療実績表は、壁で乾いていく。
死亡なし。
苦情減少。
反対減少。
全部、同じ墨で書かれていた。




