# 第88話 静かな反対派
反対派は、怒鳴っていなかった。
それが逆に怖かった。
パン屋、古い薬師、教会の下働き、退役兵。十人ほどが裏の集会所に集まり、白い森を街から追い出す相談をしている。
モルデは屋根裏にいて、シロは隣の空き家で菌糸を壁に這わせていた。
「下水がきれいになったのは認める」
パン屋が言う。
「だが、あの保存食が広がれば、俺たちのパンは売れなくなる」
古い薬師が続ける。
「白い粉ひとつで患者が眠る。そんな薬を診療所だけが持てば、薬師は用なしだ」
退役兵は低い声で言った。
「怪物に街の腹を触らせるな。飯と薬を握られたら、剣を抜く前に負ける」
正しい。
シロは思わず黙った。
彼らは愚かではない。
商売を守り、街を守り、自分たちの仕事を守ろうとしている。
その全部が、白い森によって古くされかけている。
救われた者の裏で、追い詰められる者がいる。
「どうします」
モルデの声が菌糸に乗る。
「脅す?」
「しない」
「眠らせる?」
「しない」
「では、買う?」
シロは少し考えた。
買収と言うと悪い。
補償と言えば少しきれいだ。
でも中身は近い。
「パン屋には治療食用の薄焼きパンを発注。薬師には胞子薬の計量と販売資格。退役兵には清掃班の見回り役」
モルデが小さく笑った。
「反対派を仕事にするのか」
「敵にするよりいい」
「仕事を受けた者は、反対しにくくなる」
「分かってます」
分かっている。
反対意見を潰すのではなく、生活の中へ組み込む。
それは優しい。
同時に、とても逃げにくい。
翌日、マルクが正式な発注書を持って回った。
パン屋は悩み、受けた。
薬師は怒り、受けた。
退役兵は長く黙り、受けた。
集会所は静かになった。
シロは、それを勝利とは思えなかった。
だが都市の仕事は進んだ。
反対派は消えていない。
ただ、白い森の帳面に載った。




