表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
8/39

第8話 最初の庇護民

 森の外れに、小さな開拓村があった。


 畑は痩せていた。井戸の水は濁り、柵は半分倒れている。家の屋根には穴があり、雨の日は鍋を置いてしのぐらしい。


 田中は盗賊たちからその話を聞いた。


「税が重いんです」


 若い盗賊が言った。頬の腫れはまだ残っている。


「村は領主に麦を取られて、残った分も虫にやられて。冬を越せない家が出るって」


 盗賊が急に善人ぶるな、と田中は思った。


 ただ、話自体は現実的だった。


 税。


 不作。


 上は取るだけ。


 現場は死ぬ。


 分かりやすい理不尽だった。


 田中は菌糸を伸ばした。村の畑までは遠い。だが森の根、草の根、湿った土を伝えば届く。時間はかかったが、白い糸は夜のうちに畑の端へ触れた。


 土が悪い。


 栄養がない。虫が多い。水はけも悪い。


 田中の中で、ゲーム知識が動いた。


 土壌改良。


 菌糸による分解。


 食用キノコの短期栽培。


 現実なら農業は難しい。だがこの体は、現実を少しずつゲームの処理みたいに書き換えられる。


 翌朝、村の畑に白いキノコが並んだ。


 村人たちは騒いだ。


「毒じゃないのか」


「でも、昨日まで何もなかったぞ」


「子どもには食わせるな」


 当然の反応だ。


 田中は少し安心した。何でもすぐ食べる方が怖い。


 最初に食べたのは、年寄りの女だった。


「どうせ冬まで持たん」


 そう言って、白いキノコを鍋に入れた。塩は少ない。水も濁っている。だが煮えると、湯気に甘い土の匂いが混ざった。


 子どもが鍋を覗き込む。


 女は一口食べ、しばらく黙った。


 村人たちが息を止める。


「……うまい」


 その一言で、空気が変わった。


 難しい説明はいらない。


 腹が減っている村に、食べ物が出た。


 それだけで十分だった。


 田中は畑の下から見ていた。目はない。だが、村人の足音、鍋をかき混ぜる音、子どもの笑い声が菌糸を通して伝わってくる。


 少しだけ嬉しかった。


 その気持ちは、本物だった。


 人を助けた。


 たぶん。


 だが同時に、菌糸は村の地下へ広がっていた。井戸の周り。納屋の下。オルド村長の家の床下。倒れた柵の根元。


 村を監視している。


 守るため。


 そう言える。


 同時に、逃がさないため。


 そうも言える。


 夕方、村長のオルドが森の方へ膝をついた。


「森の神よ。もしおられるなら、どうか我らをお守りください」


 田中は困った。


 神ではない。


 元会社員で、今はキノコだ。


 そう説明できればよかった。


 できないので、畑の端にもう一列、白いキノコを生やした。


 村人たちが泣いた。


 感謝の声が、菌糸を通して流れ込む。


 それは、経験値よりずっと温かかった。


 そして少し、危なかった。


 助ければ、感謝される。


 感謝されれば、頼られる。


 頼られれば、こちらの言葉を聞く。


 田中はその流れに気づき、黙った。


 白い菌糸が、村の地下で静かに根を張った。


 この村は救われた。


 同時に、もう森の外ではなくなった。


 その夜、村の井戸に落ちかけた子どもを、白い糸が引き戻した。


 母親は泣いて感謝した。


 田中も、ほっとした。


 けれど翌朝から、村人は井戸へ向かう前に森へ頭を下げるようになった。


 助けた瞬間、村の判断は一つ、森のものになった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ