第8話 最初の庇護民
森の外れに、小さな開拓村があった。
畑は痩せていた。井戸の水は濁り、柵は半分倒れている。家の屋根には穴があり、雨の日は鍋を置いてしのぐらしい。
田中は盗賊たちからその話を聞いた。
「税が重いんです」
若い盗賊が言った。頬の腫れはまだ残っている。
「村は領主に麦を取られて、残った分も虫にやられて。冬を越せない家が出るって」
盗賊が急に善人ぶるな、と田中は思った。
ただ、話自体は現実的だった。
税。
不作。
上は取るだけ。
現場は死ぬ。
分かりやすい理不尽だった。
田中は菌糸を伸ばした。村の畑までは遠い。だが森の根、草の根、湿った土を伝えば届く。時間はかかったが、白い糸は夜のうちに畑の端へ触れた。
土が悪い。
栄養がない。虫が多い。水はけも悪い。
田中の中で、ゲーム知識が動いた。
土壌改良。
菌糸による分解。
食用キノコの短期栽培。
現実なら農業は難しい。だがこの体は、現実を少しずつゲームの処理みたいに書き換えられる。
翌朝、村の畑に白いキノコが並んだ。
村人たちは騒いだ。
「毒じゃないのか」
「でも、昨日まで何もなかったぞ」
「子どもには食わせるな」
当然の反応だ。
田中は少し安心した。何でもすぐ食べる方が怖い。
最初に食べたのは、年寄りの女だった。
「どうせ冬まで持たん」
そう言って、白いキノコを鍋に入れた。塩は少ない。水も濁っている。だが煮えると、湯気に甘い土の匂いが混ざった。
子どもが鍋を覗き込む。
女は一口食べ、しばらく黙った。
村人たちが息を止める。
「……うまい」
その一言で、空気が変わった。
難しい説明はいらない。
腹が減っている村に、食べ物が出た。
それだけで十分だった。
田中は畑の下から見ていた。目はない。だが、村人の足音、鍋をかき混ぜる音、子どもの笑い声が菌糸を通して伝わってくる。
少しだけ嬉しかった。
その気持ちは、本物だった。
人を助けた。
たぶん。
だが同時に、菌糸は村の地下へ広がっていた。井戸の周り。納屋の下。オルド村長の家の床下。倒れた柵の根元。
村を監視している。
守るため。
そう言える。
同時に、逃がさないため。
そうも言える。
夕方、村長のオルドが森の方へ膝をついた。
「森の神よ。もしおられるなら、どうか我らをお守りください」
田中は困った。
神ではない。
元会社員で、今はキノコだ。
そう説明できればよかった。
できないので、畑の端にもう一列、白いキノコを生やした。
村人たちが泣いた。
感謝の声が、菌糸を通して流れ込む。
それは、経験値よりずっと温かかった。
そして少し、危なかった。
助ければ、感謝される。
感謝されれば、頼られる。
頼られれば、こちらの言葉を聞く。
田中はその流れに気づき、黙った。
白い菌糸が、村の地下で静かに根を張った。
この村は救われた。
同時に、もう森の外ではなくなった。
その夜、村の井戸に落ちかけた子どもを、白い糸が引き戻した。
母親は泣いて感謝した。
田中も、ほっとした。
けれど翌朝から、村人は井戸へ向かう前に森へ頭を下げるようになった。
助けた瞬間、村の判断は一つ、森のものになった。




