第7話 盗賊たちの朝礼
# 第7話 盗賊たちの朝礼
その翌朝。
盗賊たちは、森の端で朝礼をしていた。
場所は、古い炭焼き小屋の跡だ。
前夜、南の倒木で捕らえた二人が吐いた、本隊の集合場所である。
田中は夜のうちに菌糸を伸ばし、地面の下からそこを見ていた。
「今日の目標は、荷馬車二台だ」
頭目の男が言った。
田中は菌糸越しにそれを聞いて、嫌な懐かしさを覚えた。
目標。
数字。
達成率。
前の会社でも毎朝あった。売上目標を叫ばされ、無理な納期を「やる気」で乗り越えろと言われる。誰も現場を見ない。上だけが元気だ。
盗賊も似たようなものらしい。
「昨日は一台も取れてねえ。気合いが足りねえんだよ」
頭目が若い盗賊を殴った。
乾いた音がした。
田中は少し苛立った。
盗賊に同情するつもりはない。
だが、下っ端だけ殴られる構図は見覚えがありすぎた。
若い盗賊は頬を押さえ、何も言わない。周りの男たちも目を逸らす。理不尽でも、飯を握られていると逆らえない。
食い物。
そこが弱点だ。
盗賊たちの荷袋には、硬い黒パンが三つ。干し肉が少し。酒はあるが、水が少ない。人数は七人。足りない。
田中の菌糸は、地面の下で静かに伸びた。
襲うのは簡単だ。
靴を腐らせ、武器を折り、足場を沈めればいい。
だが、ふと思った。
こいつらは、なぜ盗賊をしているのか。
もちろん悪い。荷馬車を襲うのは悪い。殺すこともあるだろう。
それでも、全員が好きでやっているとは限らない。
田中は地面から、小さなキノコを生やした。
白い傘。手のひらほどの大きさ。食用に見える。実際、食える。
若い盗賊がそれに気づいた。
「おい、キノコだ」
「馬鹿、毒かもしれねえだろ」
頭目が蹴ろうとした瞬間、足元が沈んだ。
「うおっ」
泥に膝まで埋まる。
他の盗賊たちが笑いかけ、すぐ黙った。頭目の顔が怖かったからだ。
田中は、もう一本キノコを生やした。
今度は若い盗賊の前に。
腹の鳴る音がした。
若い盗賊は迷った。喉が動く。汚れた手が伸び、止まる。殴られた頬が赤い。
田中はその迷いを見て、少しだけ昔の自分を思い出した。
残業中、誰かが差し入れた菓子パンを食べるか迷ったことがある。食べたら負けのような気がした。だが腹は減っていた。
若い盗賊はキノコを食べた。
毒はない。
むしろ、栄養がある。
男の顔が変わった。驚き、安堵、少しの怖さ。
「……うまい」
それを聞いた他の盗賊たちがざわつく。
頭目が怒鳴った。
「勝手に食うな!」
その足元で、泥がさらに沈んだ。
頭目は腰まで埋まった。
田中は何も言わない。
ただ、頭目の周りだけ地面を柔らかくし、他の盗賊たちの前には白いキノコを生やした。
分かりやすい具体例だ。
怒鳴る上司は泥に沈む。
腹を空かせた部下には飯が出る。
盗賊たちは、難しい理屈なしに理解した。
「お、俺たち……」
若い盗賊が震える声で言う。
「森に、許されたのか?」
田中は返事に困った。
許したつもりはない。
ただ、殺すより使えると思った。
その考えが出たことに、少しだけ胸の奥が冷えた。
カトラスが木陰から現れる。ひび割れた兜の奥で、白い胞子が揺れた。
「王よ。彼らをどう処理いたしますか」
処理。
その言葉に、盗賊たちが青ざめる。
田中は短く考えた。
「働かせよう。森の外の情報がほしい」
カトラスは深く頷いた。
「御意。罪人にも死ぬまで職務を」
「生きてる間だけでいい」
盗賊たちは、そのやり取りを神託のような顔で聞いていた。
その日、森は初めて人間の労働力を得た。
彼らは救われた。
少なくとも、今日の飯と命は助かった。
ただし、逃げる道の下には、もう白い菌糸が張っていた。
夜、若い盗賊が一人、森の外へ走った。
三十歩で膝が沈み、四十歩で足首に白い糸が絡んだ。
傷はつかなかった。
ただ、戻る道だけが柔らかく開いた。
盗賊たちは翌朝、誰に命令されるでもなく、朝礼の場所を森の内側へ移した。




