第6話 森の残業
# 第6話 森の残業
カトラスは働き者だった。
働き者すぎた。
田中が「周囲の安全を確認してくれ」と頼むと、カトラスは壊れた甲冑を鳴らしながら森を巡回した。そこまではいい。
問題は、その報告だった。
「北の獣道に小型魔獣三体。粛清済み」
「いや、確認でよかったんだけど」
「東の泉に毒虫の巣。焼却を試みましたが、王の御身に炎が有益である可能性を考慮し、持ち帰りました」
「持ち帰るな」
「南の倒木に盗賊二名。尋問の後、土へ」
「待って。尋問したの?」
「はい。古い炭焼き小屋跡に本隊五名。夜明けに集合し、街道の荷馬車を襲う予定とのこと」
「情報が具体的すぎる」
「うち一名は、仲間の朝礼が嫌で逃げていたようです」
「盗賊にも朝礼あるのか」
「目標未達の叱責があると」
聞きたくなかった。
盗賊の職場環境まで、前世の会社に似ている必要はない。
田中の内心は忙しかった。
体は動かない。白い傘は湿った風に揺れるだけだ。だが頭の中だけは、ブラック企業の月末処理みたいに追い詰められている。
カトラスは優秀だ。
間違いなく優秀だ。
命令すれば動く。報告もする。言い訳もしない。上司の顔色をうかがって仕事を投げ返すこともない。
ただし、解釈が重い。
田中の「見回り」は、カトラスの中で「敵性存在の排除」になる。
田中の「無理はするな」は、「王の慈悲を民に示すため、死後も働く覚悟を固めよ」になる。
どうしてそうなる。
そう思いながらも、森は確実に安全になっていた。
盗賊が二人消えた。
そして、まだ五人残っていることも分かった。
魔獣が減った。
毒虫の巣も、カトラスが持ち帰ったせいで田中の分解素材になった。
【分解により経験値を取得】
【毒耐性の解析進行】
【菌糸範囲拡張】
【到達範囲:前日比一・八倍】
報酬は分かりやすい。
田中が一つ頼む。
カトラスが十やる。
森が広がる。
これだけなら、かなり気持ちいい。
問題は、十の中にだいたい三つくらい物騒なものが混ざることだった。
「王よ。敵対者の骨は、外周防衛に再利用可能です」
「骨を柵にするのは、ちょっと見た目が悪い」
「では内側に」
「場所の問題じゃない」
カトラスは兜を傾けた。白い菌糸が兜の隙間で揺れる。
「死者を軽んじる意図はございません。むしろ、死してなお王国を守る名誉を」
またそれだ。
死後も働く。
その言葉に、田中は嫌な現実を思い出した。
前の職場には、退職した先輩の作ったエクセルがまだ使われていた。関数が壊れても、誰も直せない。先輩はいないのに、先輩の仕事だけが残業し続けていた。
死後の再就職。
笑えない。
だが森では、それが本当に役に立つ。
カトラスが倒した魔獣の骨を、菌糸が包む。骨は白い支柱になり、倒木の下に埋まった。土砂崩れを止める。獣道を塞ぐ。湿地に足場を作る。
見た目は悪くない。
役には立つ。
それが余計に困った。
「……使うなら、せめて弔ってからにしよう」
田中は妥協した。
カトラスの兜が、感動したように深く下がる。
「御意。死者に祈りを。死後に職務を」
「その言い方はやめよう」
たぶん、やめない。
森の外れで、狼の遠吠えがした。
カトラスが立ち上がる。ひび割れた甲冑から、土の匂いがこぼれた。
「巡回に戻ります」
「ほどほどに」
「敵性存在を、ほどほどに」
「違う」
言い終える前に、カトラスは影のように森へ消えた。
田中は白い傘をわずかに震わせる。
消えた先は、南の倒木ではない。
尋問で出た、古い炭焼き小屋の跡だ。
田中も菌糸をそちらへ伸ばした。
すぐ沈めるためではない。
まず見る。
何をしているのか。
なぜ盗賊をしているのか。
それを確認してからでも、処分は遅くない。
頼れる部下ができた。
それは報酬だ。
間違いなく報酬だ。
ただ、部下が有能すぎると、上司は別の種類の胃痛を抱えるらしい。
胃はもうないのに、田中はなぜか胃が痛い気がした。
しかもその胃痛の届く範囲は、昨日より森一つ分だけ広くなっていた。
その広がった端で、残り五人の盗賊たちは夜明けを待っていた。




