表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
6/41

第6話 森の残業

# 第6話 森の残業


 カトラスは働き者だった。


 働き者すぎた。


 田中が「周囲の安全を確認してくれ」と頼むと、カトラスは壊れた甲冑を鳴らしながら森を巡回した。そこまではいい。


 問題は、その報告だった。


「北の獣道に小型魔獣三体。粛清済み」


「いや、確認でよかったんだけど」


「東の泉に毒虫の巣。焼却を試みましたが、王の御身に炎が有益である可能性を考慮し、持ち帰りました」


「持ち帰るな」


「南の倒木に盗賊二名。尋問の後、土へ」


「待って。尋問したの?」


「はい。古い炭焼き小屋跡に本隊五名。夜明けに集合し、街道の荷馬車を襲う予定とのこと」


「情報が具体的すぎる」


「うち一名は、仲間の朝礼が嫌で逃げていたようです」


「盗賊にも朝礼あるのか」


「目標未達の叱責があると」


 聞きたくなかった。


 盗賊の職場環境まで、前世の会社に似ている必要はない。


 田中の内心は忙しかった。


 体は動かない。白い傘は湿った風に揺れるだけだ。だが頭の中だけは、ブラック企業の月末処理みたいに追い詰められている。


 カトラスは優秀だ。


 間違いなく優秀だ。


 命令すれば動く。報告もする。言い訳もしない。上司の顔色をうかがって仕事を投げ返すこともない。


 ただし、解釈が重い。


 田中の「見回り」は、カトラスの中で「敵性存在の排除」になる。


 田中の「無理はするな」は、「王の慈悲を民に示すため、死後も働く覚悟を固めよ」になる。


 どうしてそうなる。


 そう思いながらも、森は確実に安全になっていた。


 盗賊が二人消えた。


 そして、まだ五人残っていることも分かった。


 魔獣が減った。


 毒虫の巣も、カトラスが持ち帰ったせいで田中の分解素材になった。


【分解により経験値を取得】

【毒耐性の解析進行】

【菌糸範囲拡張】

【到達範囲:前日比一・八倍】


 報酬は分かりやすい。


 田中が一つ頼む。


 カトラスが十やる。


 森が広がる。


 これだけなら、かなり気持ちいい。


 問題は、十の中にだいたい三つくらい物騒なものが混ざることだった。


「王よ。敵対者の骨は、外周防衛に再利用可能です」


「骨を柵にするのは、ちょっと見た目が悪い」


「では内側に」


「場所の問題じゃない」


 カトラスは兜を傾けた。白い菌糸が兜の隙間で揺れる。


「死者を軽んじる意図はございません。むしろ、死してなお王国を守る名誉を」


 またそれだ。


 死後も働く。


 その言葉に、田中は嫌な現実を思い出した。


 前の職場には、退職した先輩の作ったエクセルがまだ使われていた。関数が壊れても、誰も直せない。先輩はいないのに、先輩の仕事だけが残業し続けていた。


 死後の再就職。


 笑えない。


 だが森では、それが本当に役に立つ。


 カトラスが倒した魔獣の骨を、菌糸が包む。骨は白い支柱になり、倒木の下に埋まった。土砂崩れを止める。獣道を塞ぐ。湿地に足場を作る。


 見た目は悪くない。


 役には立つ。


 それが余計に困った。


「……使うなら、せめて弔ってからにしよう」


 田中は妥協した。


 カトラスの兜が、感動したように深く下がる。


「御意。死者に祈りを。死後に職務を」


「その言い方はやめよう」


 たぶん、やめない。


 森の外れで、狼の遠吠えがした。


 カトラスが立ち上がる。ひび割れた甲冑から、土の匂いがこぼれた。


「巡回に戻ります」


「ほどほどに」


「敵性存在を、ほどほどに」


「違う」


 言い終える前に、カトラスは影のように森へ消えた。


 田中は白い傘をわずかに震わせる。


 消えた先は、南の倒木ではない。


 尋問で出た、古い炭焼き小屋の跡だ。


 田中も菌糸をそちらへ伸ばした。


 すぐ沈めるためではない。


 まず見る。


 何をしているのか。


 なぜ盗賊をしているのか。


 それを確認してからでも、処分は遅くない。


 頼れる部下ができた。


 それは報酬だ。


 間違いなく報酬だ。


 ただ、部下が有能すぎると、上司は別の種類の胃痛を抱えるらしい。


 胃はもうないのに、田中はなぜか胃が痛い気がした。


 しかもその胃痛の届く範囲は、昨日より森一つ分だけ広くなっていた。


 その広がった端で、残り五人の盗賊たちは夜明けを待っていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ