# 第77話 夜の紹介状
夜になると、リムワードは別の顔になった。
昼の商会通りは店を閉め、代わりに裏路地の灯りが増える。荷車の車輪には布が巻かれ、音を消して進んでいた。
マルクは丸眼鏡を外し、胸ポケットへしまった。
「ここから先は、商人の顔だけでは足りません」
「裏の顔ですか」
「ええ。できれば使いたくない顔です」
そう言いながら、マルクは慣れた足取りで路地へ入った。
シロは少し感心した。人間社会の商人は、菌糸より複雑な道を持っている。
奥の倉庫に、銀の指輪をはめた男がいた。
香水の匂いが強い。だが菌糸が下から拾う匂いは、下水と古い血だ。
「マルク。白い森を連れてくるとは、ずいぶん出世したな」
男は笑う前に歯を見せた。
「ジルバです。倉庫、夜道、人手、黙って運ぶ荷。そのあたりを扱います」
マルクが紹介する。
ジルバはシロを値踏みした。
「白い森の代表は、もっと化け物かと思った」
「助手です」
「皆そう言う」
ジルバは指輪で机を叩いた。
「薬を売りたいなら、表の診療所だけじゃ遅い。貧民街には登録されていない患者がいる。税も払えない、名前もない、死んでも帳面に載らない連中だ」
嫌な言い方だ。
だが事実でもある。
「紹介料は」
シロが聞く。
ジルバは笑った。
「話が早い。売上の三割」
「高い」
「安全代だ」
「安全はどこまで含みますか」
ジルバの笑いが止まった。
「面白い聞き方だな」
「患者に薬が届く。医師が脅されない。荷が盗まれない。偽物を売らない。そこまでなら払えます」
「払えます、か」
ジルバは椅子にもたれた。
「弱そうな顔で、ずいぶん上から来る」
シロは困った。
上から来たつもりはない。
ただ、条件を整理しただけだ。
会社の契約書で、曖昧な「安全」を飲むと後で全部こちらの責任になる。それだけは嫌だった。
倉庫の梁で、小さな影が動いた。
シロの菌糸がまだ届いていない場所。
誰かが聞いている。
ジルバも気づいていない。
シロはそちらを見ないようにした。
夜の紹介状は、まだ一人分多かった。




