# 第74話 下水の匂い
リムワードは、外から見たより臭かった。
門をくぐると、石畳の隙間に黒い水が残っている。魚の腐った匂い、馬小屋の匂い、安酒の匂い。人が多い場所の嫌なものが、細い路地に全部たまっていた。
ニコが鼻を押さえる。
「うわ、森の腐葉土のほうがましです」
「同感」
シロは小さく答えた。
腐葉土は終わったものが次に回る匂いだ。
ここの下水は、止まった仕事の匂いがする。
マルクは商会倉庫へ向かいながら説明した。
「リムワードは古い街です。下水路は昔の王国時代のもの。増築に増築を重ねて、誰も全体図を持っておりません」
「ゲームだと、こういう街は地下水路がダンジョンでした」
「げえむ?」
「昔の知識です」
シロは言葉を濁した。
エターナル・ファンタジーにも、似た街があった。境界都市、下水路、隠し通路、裏商人、病気イベント。
攻略掲示板では、下水の詰まりを直すと貧民街ルートが開く、と書かれていた。
現実になったこの世界で、同じとは限らない。
だが、都市の構造は似ている。
人は水を使う。汚れた水は低い場所へ流れる。低い場所には金のない人間が住む。
ゲームでも現実でも、嫌なところはだいたい同じだった。
シロは路地の側溝に、小さな白い菌糸を落とした。
指先から爪の欠片ほど。
それは黒い水に触れ、溶けるように広がった。
広げすぎない。
今は調査だけ。
菌糸が拾ったのは、ぬるい水、詰まった布、小さな骨、割れた皿、薬草の残り、血の薄い匂い。
そして咳。
地下から、何人もの咳が反響している。
シロは少しだけ息を止めた。分体に呼吸は必要ない。けれど、嫌なものを見た時の癖だけが残っている。
「シロ殿?」
マルクが気づく。
「下に病人が多い」
「ええ。薬が売れます」
商人として正しい返事だった。
だがマルクはすぐに声を落とした。
「救えますか」
「少しなら」
少し。
シロはそう言った。
その「少し」が、エレナやカトラスならどこまで広がるかを考え、少し嫌な気持ちになった。
路地の奥で、子どもが咳をした。
白い菌糸は、都市の腹の中へ静かに入っていった。




