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# 第72話 瞬きの練習



 リムワードの門へ着く前に、シロは瞬きの練習をさせられた。


「違います。今のは死体が目を閉じた感じです」


 ニコが真顔で言った。


「ひどくない?」


「ひどくても言わないと街で捕まります」


 ニコは元盗賊で、今は白い森の作業員だ。今日だけは荷運び役として同行している。髪に白い胞子が少し付いていて、本人は気づいていない。


「人間は、こう、何も考えずに瞬きするんですよ」


 ニコがぱちぱち目を閉じる。


 シロも真似した。


「今のは人形」


「厳しい」


「街の門番は意外と見ます。荷物より顔を見ます。悪いことをした人間は、だいたい顔に出ますから」


「ニコは出てた?」


「出てたから捕まりました」


 説得力があった。


 シロは分体の中で、体温を少し上げた。呼吸も足す。胸を上下させるだけの作業なのに、妙に面倒だ。


 人間だった頃、呼吸に手順書などなかった。


 今は違う。


 吸う。吐く。瞬き。肩を少し動かす。歩き方を固くしすぎない。


 普通に見えるために、こんなに仕事が多い。


 ブラック企業の朝礼で、やる気のある顔を作らされた時を思い出した。あの時も、心の中は空だったのに、口だけは「はい」と動かした。


「顔色は?」


 シロが聞く。


 ニコは首をひねった。


「白いです」


「だめ?」


「病人に見えます。まあ、旅の薬売りなら逆にありです」


 マルクが横から頷いた。


「病人顔の薬売り。信用できるような、できないような。覚えられやすくはあります」


 覚えられやすいのは困る。


 だが完全に普通の顔も、今のシロには難しい。


「じゃあ、疲れた薬売りの助手で」


「それならできます」


 ニコはなぜか胸を張った。


 その時、カトラスの声が菌糸を通じて届いた。


『王よ。外征にあたり、護衛百を』


「いらない」


『では五十』


「いらない」


『では、見えない距離に二十』


「それもだめ」


 シロは頭を抱えたくなった。分体の手が自然に額へ行く。


 ニコがそれを見て言った。


「今の仕草、人間っぽいです」


 嬉しくない報酬だった。


 それでも必要だ。


 人間社会に入るには、人間のふりをしなければならない。


 シロはもう一度、瞬きをした。


 今度はニコが、少しだけ頷いた。


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