# 第71話 白い街道へ
白い森から街道へ出ると、空が広すぎた。
シロは荷車の横を歩きながら、思わず足元を見た。土の下に菌糸がない場所は、床板の抜けた会社の廊下みたいで落ち着かない。
森の中なら、誰が走ったか分かる。火の匂いも、血の匂いも、子どもの咳も拾える。
だが街道は違う。
荷車の轍。馬の糞。乾いた草。旅人の足跡。全部が通り過ぎて、消えていく。
シロは本体の奥で、少しだけ嫌な気分になった。
本当なら、出たくない。
森にいれば勝てる。
敵が来ても、道を消せる。胞子で眠らせられる。火を撃たれても、バグった火属性反転でこちらは回復する。
だが、それは相手が森まで来てくれた場合の話だ。
都市の会議室で討伐が決まり、商会で白い森の商品が止められ、教会で「不浄」と広められたら、森の中で強くても遅い。
剣に勝つだけでは足りない。
食料の値段、薬の不足、税の書類、噂の流れ。
そういうものを知らないと、また誰かが白い森の名前を勝手に使う。
だから出る。
ナーディルを殺した翌日、その理由はもっと重くなった。
中立国の諜報員。
火で増えることを知った男。
カトラスの剣を見た男。
村が白い森に依存し始めていると見抜いた男。
帰せば、森が危ない。
帰さなければ、シロの中で「必要なら処分する」が当たり前になる。
昨日は必要だった。
たぶん、そうだ。
だが次も、その次も、森の外れで来た者を消して守るのか。
それは守ることなのか。
ただの口封じなのか。
怖いから出る。
守るために、先に相手の腹の中を見る。
動けない本体を森に残し、人に似せた分体だけを外へ出す。
ゲームなら偵察ユニットを送るだけだ。壊れても作り直せばいい。
けれど今、道の上を歩いているのは、自分の顔をした何かだった。
「シロ殿、疲れておいでですか」
マルクが丸眼鏡を押し上げた。荷車には保存キノコ、滋養粉、咳止め胞子の小袋が積まれている。
「疲れはないです。ただ、森の外は感覚が薄い」
「なるほど。故郷を離れた新入商人の顔ですな」
「そんな顔してます?」
「してます」
妙に具体的で嫌だった。
マルクは笑い、帳面を叩く。
「向かうのはリムワード。砦と商会と貧民街がくっついた街です。白い森の商品を通すには、まず門の文官を納得させねばなりません」
「文官」
「はい。剣より面倒な相手です。理由と印と税がない物は、門を通りません」
シロは少し納得した。
剣なら眠らせられる。火なら食える。だが印鑑は食えない。
いや、紙なら分解できる。
だが、それをやると話が終わる。
「壊さずに通すんですね」
「ええ。白い森は怪物だが、取引できる。今はその評判を育てる時期です」
その言い方に、シロは小さく引っかかった。
育てる。
評判もキノコみたいに育つのか。
街道の先に、灰色の城壁が見えた。高い壁ではない。だが門の前には、荷車の列と、人の不満が詰まっている。
誰かが咳をした。
別の誰かが、パンが高いと怒鳴った。
マルクが低く言う。
「あれが都市です。腹が減り、薬が足りず、それでも帳面だけは増える場所です」
シロは城壁を見た。
勝てるかどうかではない。
どう入るかだ。
白い森の外で、最初の仕事が始まった。




