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# 第64話 森外れの待ち伏せ



 ナーディルは両手を上げた。


「道に迷った旅人だ」


「旅人は菌糸を削らない」


 カトラスは即答した。


 ごまかしは効かない。


 ナーディルは判断を変えた。


 生きて帰る。


 そのためなら、標本を捨ててもいい。


 だが同行者たちは違った。


 一人が油壺を投げた。


 もう一人が火打ち石を出す。


 最悪だった。


 シロは、この森外れの道をわざと残していた。


 ゲーム時代、このあたりには低レベル盗賊団の火計イベントがあった。


 逃げ道に見える細い獣道。


 油壺を投げやすい緩い下り。


 火をつければ、風が奥へ流れる地形。


 普通の森なら最悪の待ち伏せ地点だ。


 だから、シロにとっては都合がよかった。


 火が弱点ではなく、増殖条件になる今、この道は敵が自分から実験手順を踏んでくれる場所になる。


 ナーディルたちは知らない。


 ゲームの攻略掲示板で「ここで火を使うな、逆風で詰む」と笑われていた地形を、シロだけが知っている。


 火を使えば、白い森は反応する。


 ナーディルはまだ、火が逆効果だとは知らない。


 だが分かる。


 森で火を出すのは、交渉ではない。


 宣戦布告だ。


「やめろ!」


 叫びは遅かった。


 油壺が割れる。


 火花が散る。


 次の瞬間、白い剣が走った。


 火打ち石を持つ手が落ちた。


 油壺を投げた男の喉に、剣の背が入る。


 骨が鳴った。


 男は倒れた。


 カトラスはそこで止まらない。


 森の影から、さらに二人の菌騎士が出た。


 白い鎧。


 無言。


 足音が湿っている。


 ナーディルの部下たちは短剣を抜いた。


 狭い森道。


 人数は諜報員側が多い。


 普通なら、押し切れる。


 普通なら。


 カトラスは、そこで初めて剣を抜き直した。


「主の森に火を向けた」


 声は静かだった。


「処分対象と判断する」


 白い剣が、横に寝た。


 構えというより、儀礼に近い。


 だがナーディルの部下たちは、そこで一瞬止まった。


 死んだ騎士が、剣術の型を取っている。


 それだけなら、まだ理解できる。


 次に、地面の白い菌糸が剣先の角度に合わせてぴんと張った。


 剣と森が、同じ構えを取った。


 そこで理解が止まる。


「白菌剣技」


 カトラスが告げた。


「火種断ち」


 剣が消えた。


 先に火打ち石が砕け、次に油の染みた袖が斬り落とされ、最後に逃げ道の獣道へ白い菌糸がせり上がった。


 攻撃された人間は、まだ斬られていない。


 だが火種がない。


 油がない。


 逃げ道がない。


 戦闘の前提だけが、まとめて折られた。


 短剣を握った男が、口を開けたまま固まる。


 どこを守ればいいのか、分からなくなった顔だった。


 カトラスはシロの指示を待たなかった。


 それでも、剣を振る順番だけはシロの意図と同じだった。


 火種。


 油。


 逃げ道。


 この三つを先に潰す。


 敵兵ではない。


 イベントの失敗条件から消す。


 シロは遠くの菌糸網でそれを見て、少しだけ嫌な感心を覚えた。


 カトラスはゲームを知らない。


 だが、シロが何度も道を作り、何度も火を嫌がり、何度も逃げ道を湿らせた意味を、戦場の作法として覚えていた。



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