# 第62話 乾いた水袋
ナーディルは村へ入らなかった。
入れば顔を見られる。
だから森の外れから見た。
村の戸口には白い木札がある。
子どもが咳をすれば、母親は森の方角へ行く。
老人が腰を痛めれば、元盗賊の作業員が荷車を押す。
道には白い道標。
橋には白い菌糸。
怖いほど便利だった。
ナーディルは水袋を少しだけ傾ける。
ラファンでは、水は命だ。
命を他人の桶に預けない。
だがこの村の者たちは、食料も薬も道も、白い森に預け始めている。
「依存だな」
彼は小さく言った。
悪いことではない。
砂漠の民も井戸に依存する。
問題は、井戸が意思を持っていることだ。
ナーディルは小さな刃で、道端の白い菌糸を削った。
標本袋に入れる。
次に、保存キノコの欠片。
咳止め胞子の小袋。
どれも小さい。
だが国に持ち帰れば、会議が動く。
白い森は薬を出す。
白い森は食料を出す。
白い森は村を守る。
その三つを別々に報告してはいけない。
一つの仕組みだと書かなければ、上は理解しない。
薬。
食料。
安全。
全部を同じ相手から受け取る。
それは救いではなく、首輪でもある。
ナーディルは標本袋を外套の内側へ隠した。
その時、森の奥で鐘が鳴った。
一度。
二度。
三度。
村人は慌てない。
だが作業員たちが、ゆっくり道を空けた。
ナーディルは悟った。
見つかった。




