# 第58話 マイコニアという名
名前の話は、マルクの帳面から始まった。
「白い森、では弱いです」
シロは眉をひそめた。
「弱い?」
「商品名としては分かりやすい。ですが、交渉相手の名としては軽い」
マルクは丸眼鏡を直した。
「砦の報告書では、白い森と書かれています。けれど帝国が交渉使者を立てるなら、もう少し形のある名前が必要です」
オルド村長も頷いた。
「村の者も、白い森の方々、と呼んでおりますが」
ニコが手を上げる。
「国の名前ですか」
「だいたいそう」
シロは、昔のギルド名を思い出した。
マイコニア。
ゲーム時代、きのこ縛りのネタギルドがつけようとして、結局使わなかった名前だ。少し恥ずかしい。だが、今の白い森には合っている。
「マイコニア」
シロは小さく言った。
カトラスが反応した。
反応しすぎた。
「王国名でございますか」
「まだ違う」
「では、いずれ王国名となる名」
「そこまで言ってない」
リゼットが横から言う。
「菌類系の響きですね。悪くありません。学術名っぽくもあります」
ニコは首を傾げた。
「覚えやすいですかね」
「マイコ、ニア」
オルド村長がゆっくり繰り返す。
「白い森よりは、よそへ伝えやすいかもしれません」
マルクは帳面に書いた。
マイコニア。
その文字を見た瞬間、シロは妙に恥ずかしくなった。
自分で考えた名前が、異世界の帳面に載る。
しかも、国のようなものの名前として。
「まだ正式ではありません」
シロは念を押した。
マルクはにこりと笑った。
「もちろん。仮称マイコニア、と書きます」
仮称。
便利な逃げ道だ。
だが、帳面に載った時点で、名前は歩き出す。
その日の夕方、マルクの馬車は砦へ向かった。
荷台には塩と布。
そして、仮称マイコニアと書かれた帳面。
シロは白い橋の上で見送った。
白い森は、まだ国ではない。
だが、名前は国より先に広がる。
それが少し怖かった。




