# 第50話 道が戻らない
討伐隊は、来た道を戻れなくなった。
道が消えたわけではない。
似た道が増えた。
白い道標は消えている。木の根は同じように曲がり、湿った土は同じ匂いをしている。さっき通ったはずの倒木が、別の場所にもある。
ザイツは部下を止めた。
「印をつけろ」
兵が木に傷を入れる。
その傷口から、白い菌糸がゆっくり伸びた。
傷がふさがる。
兵の顔が青くなる。
「隊長」
「見た。別の印にしろ」
ザイツの声は落ち着いていた。
だが、部下の足は落ち着かない。
道に迷う恐怖は、地味だ。
剣で斬られるより、じわじわくる。
どちらへ行けば帰れるか分からない。
水はどれくらい残っているか。
日が暮れるまでに出られるか。
兵士の頭の中で、そういう小さな不安が増える。
シロは地下でそれを聞いていた。
心音。
足音。
荷馬車のきしみ。
隊列の乱れ。
ゲームなら、ミニマップを消すだけで難易度が上がる。
現実では、もっと効く。
レオンが怒鳴った。
「卑怯な森だ!」
その声に、何人かが勇気を取り戻す。
怒りは便利だ。
恐怖を隠せる。
だが、長くは続かない。
カトラスが横の茂みから現れた。
ひび割れた甲冑。
白い菌糸。
錆と土の匂い。
兵たちが固まった。
ザイツが剣を抜く。
「カトラス卿」
「退け」
カトラスの声は短かった。
「ここは王の森である」
レオンが叫ぶ。
「死体が騎士を名乗るな!」
カトラスは動かなかった。
ただ、後ろの菌騎士小隊が一歩出た。
死んだ騎士たち。
無言の列。
ザイツは部下を見た。
勝てるか。
たぶん、無理だ。
少なくとも、ここで正面からぶつかれば隊が壊れる。
「下がる」
ザイツは言った。
正しい判断だった。
だが、下がる道はもう白い森の中にしかなかった。




