第49話 湿った空き地
レオンは苛立っていた。
鐘の音。
消えた道標。
誰もいない村。
花だけが残った祈り場。
どれも、戦う前に気持ちを乱してくる。
「火矢を用意しろ」
ザイツが振り向いた。
「どこへ撃つ」
「森です」
「森のどこだ」
レオンは答えに詰まった。
木は多い。
湿地もある。
風向きも悪い。
火を撃つ場所を選ばなければ、ただ煙を増やすだけだ。
ザイツは地面を見た。
「あそこだ」
少し開けた場所。
枯れ草が積まれているように見える。
実際には、シロが作った湿った空き地だった。
火を撃たせるための場所。
兵が火矢を放つ。
矢は枯れ草へ刺さった。
炎が上がる。
すぐに、白い煙が膨らんだ。
燃えているのではない。
菌糸が水を吐き、胞子を上げている。
炎の赤が、白い煙に飲まれていく。
兵たちが咳き込んだ。
「下がれ」
ザイツが命じる。
判断が早い。
シロは感心した。
無能ではない。
だから倒し方を間違えると、こちらも損をする。
白い煙は兵の足元へ流れた。
強い毒ではない。
眠気。
涙。
軽い吐き気。
戦列を乱すための胞子。
ニコが遠くで見ていた。
「本当に、湿った空き地に撃ちましたね」
「撃たせた」
シロは言った。
「敵が選んだように見せて、選ぶ場所を減らす」
「ひどい」
「戦です」
言ってから、シロは少し嫌になった。
戦です。
その一言は便利だ。
便利すぎる。
ザイツは兵を下げた。
レオンはなおも火矢を求めたが、ザイツは首を振る。
「火は敵の土俵だ」
その判断は正しい。
だが、もう遅い。
白い煙を吸った兵の何人かが、膝をついた。
森は燃えなかった。
代わりに、森が兵を飲み始めた。




