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第43話 逃げる準備



 オルド村長は、村人を集めた。


 広場には、麦袋と鍋と子どもが並んでいる。


 戦の準備というより、引っ越し前の家の中みたいだった。何を持つか。何を捨てるか。誰を先に逃がすか。


「老人と子どもは森の奥へ」


 シロは言った。


「病人も」


「畑は」


 村の男が聞く。


「今は人が先です」


 男は唇を噛んだ。


 畑を捨てるのは、簡単な話ではない。


 シロは分かっていた。


 会社の備品を置いて逃げるのとは違う。畑は生活だ。来月の飯だ。子どもの粥だ。


 だから、もう一度言う。


「畑は戻せます。死んだ人は戻せません」


 カトラスが何か言いかけた。


 シロは先に見た。


「戻せると言わない」


「はい」


 ニコが小声で言う。


「今の、先に止めて正解でしたね」


「分かるようになってきた」


 オルド村長が、疲れた顔で笑った。


 その笑いはすぐに消える。


「森の奥は安全ですか」


「本体から近い場所は守れます。ただし、見てはいけない場所があります」


 村人たちが静かになる。


 見てはいけない場所。


 そう言うだけで、十分だった。


 オルド村長は頷いた。


「見ません。見た者は、わしが叱ります」


 叱るで済むかは分からない。


 だが、それでよかった。


 マルクは荷台から布を下ろした。


「荷札をつけましょう。家ごとに袋を分ける。逃げた先で揉めます」


「そこまで?」


 ニコが嫌そうに聞く。


「逃げた先で、自分の鍋がないと人は怒る」


 マルクは即答した。


 分かりやすい。


 大きな戦争でも、小さな鍋で揉める。


 シロはその現実感に助けられた。


 守るとは、敵を倒すことだけではない。


 子どもの毛布を忘れないことでもある。


 夕方までに、村の荷は三つに分けられた。


 食べ物。


 薬。


 家ごとの大事な物。


 そして夜、白い道標の光が一つ消された。


 森の外から見れば、道が途切れたように見える。


 村人が逃げるための道は、逆に地下の菌糸で明るくなっていた。


 見せる道と、使う道。


 戦いは、もう始まっている。


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