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第40話 剣を抜かない理由



 五日後、追加調査隊は来なかった。


 代わりに、手紙が来た。


 丸眼鏡の商人マルクが、塩袋と一緒に運んできた。


 手紙の中身は短い。


 追加調査は延期。


 保存キノコと滋養粉の取引は、砦の管理下で少量継続。


 村の税は従来通り。


 白い森への軍事行動は、上の判断を待つ。


 シロは、シロの白い指で手紙を畳んだ。


「つまり?」


 ニコが聞く。


「すぐには攻めてこない」


「おお」


 ニコの顔が明るくなる。


「ただし、準備はする」


「おお……」


 明るさがすぐ消えた。


 分かりやすい。


 良い知らせと悪い知らせが同じ紙に入っている。


 オルド村長は手紙を受け取り、何度も読んだ。


「剣を抜かない理由ができた、ということですな」


「はい」


 シロは頷いた。


 その言い方が、一番近かった。


 帝国が白い森を安全だと認めたわけではない。


 味方だと思ったわけでもない。


 ただ、今すぐ剣を抜かない理由ができた。


 食料。


 薬。


 村の安定。


 砦の現場。


 カトラスの膝。


 祈り場の花。


 いろいろな理由が、剣の柄に絡みついている。


 それで十分だった。


 丸眼鏡の商人マルクは帳面を開いた。


「砦は少量継続と言っていますが、少量の定義を決める必要があります」


「定義」


「五十束か、百束か。それで揉めます」


 シロは少し笑った。


 戦争の話をしていたのに、次は数量の話だ。


 だが、これが政治なのだろう。


 剣を抜くかどうかの前に、何束売るかで相手を縛る。


「村の分を先に残します」


「もちろん」


「病人用も」


「もちろん」


「砦用は余りから」


 マルクは頷き、帳面に書く。


 オルド村長も頷いた。


 ニコは、作業量が増えないかだけ心配している顔だった。


「道の補修は増えますか」


「増えます」


「やっぱり」


 ニコが肩を落とす。


 村の女たちが笑った。


 こういう笑いが戻ったことが、シロには少し嬉しかった。


 カトラスは、祈り場の前に立っていた。


 白いキノコの円。


 平たい石。


 野の花。


 布袋。


 そして新しく置かれた小さな硬貨。


 マルクの予言は当たった。


 誰かが硬貨を置いた。


 シロは、見つけた時に回収しようとした。だがオルド村長に止められた。


「置いた者の気持ちもあります」


 そう言われると弱い。


 カトラスは硬貨を見て、深く頷いた。


「民が王へ、実りの一部を返しました」


「ただのお礼」


「お礼は、税の母です」


「嫌なこと言わないで」


 マルクが横で笑った。


「実際、間違ってはいません」


「味方がいない」


 シロが言うと、ニコが手を上げた。


「俺は味方です。税は嫌です」


「ありがとう」


 村の空気が少し明るくなる。


 だがシロは、祈り場の硬貨を見ていた。


 花。


 乳歯。


 硬貨。


 感謝が、少しずつ形を変えている。


 これも止め時を間違えると、制度になる。


 分かっている。


 分かっているのに、今は止められない。


 止めれば、感謝を否定することになる。


 受ければ、信仰や税の入口になる。


 どちらも嫌だった。


 夜、シロは白い橋へ出た。


 街道の向こうに、砦がある。


 砦はまだ敵ではない。


 味方でもない。


 ただ、剣を抜かない理由を持っている。


 それで時間ができた。


 時間は報酬だ。


 シロは本体の奥で、森全体へ意識を伸ばす。


 道標。


 鐘。


 庇護札。


 乾燥キノコ。


 滋養粉。


 祈り場。


 すべてが細い糸でつながっている。


 戦わずに得たものばかりだった。


 そのどれもが、次の戦いの理由にもなりうる。


 シロは橋の手すりに触れた。


 白い菌糸が、手袋の下で静かに動く。


「備えよう」


 声に出した。


 カトラスが背後に立つ。


「はい。敵が剣を抜かぬ理由があるうちに、敵が剣を抜いても勝てる理由を作ります」


 言い方は物騒だった。


 だが、今回は否定しなかった。


 帝国は止まっただけだ。


 白い森も、止まるわけにはいかない。


 夜の村で、鐘が小さく鳴った。


 異常なし。


 今夜もそれが報酬だった。




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