第39話 偽の祈り場
偽の祈り場は、半日でそれらしくなった。
白いキノコが円を描く。
中心に平たい石。
石の上には、野の花が三本。
誰かが小さな布を敷いた。別の誰かが水を入れた木椀を置いた。村の子どもは、白いキノコを踏まないように大きく回って歩いた。
シロは少し離れて見ていた。
古い外套の裾に、土がつく。
偽物だ。
ここに本体はいない。
菌糸は通っているが、ただの目くらましだ。
なのに、村人は本当に頭を下げている。
シロは、妙な居心地の悪さを覚えた。
「シロさん」
咳を治した子の母親が来た。
手には小さな布袋がある。
「これを、置いても」
「中身は」
「娘の抜けた乳歯です」
シロは固まった。
乳歯。
急に生活感が強い。
母親は恥ずかしそうに笑う。
「助けてもらったので。お守り代わりに」
「それは、家で大事にした方が」
「家にも一つあります。これは、お礼です」
シロは断ろうとして、言葉が止まった。
母親の顔が真剣だった。
これは信仰というより、感謝だ。
子どもが助かった。
だから何かを置きたい。
分かる。
分かるから、断りにくい。
「置いてください」
母親はほっとして、石の端に布袋を置いた。
カトラスが背後で震えた。
「王よ。民が肉親の一部を捧げました」
「乳歯」
「血のつながった命の証」
「乳歯」
シロは二回言った。
大事なので二回言った。
カトラスは納得しない。
「小さき骨の奉納」
「言い方を変えるな」
ニコが腹を抱えていた。
母親は何の話か分からず、きょとんとしている。
シロは少し頭が痛くなった。
偽の祈り場が、初日から変な方向へ進みかけている。
丸眼鏡の商人マルクが、その様子を帳面に書いていた。
「書かないでください」
「いえ、これは大事です」
「どこが」
「人は、助けられた時に礼を形にしたがります。形があると、次の人も真似をします」
マルクは祈り場を見た。
「花、布、水、乳歯。次はパンか硬貨でしょう」
「硬貨はいらない」
「いらないと言っても置きます」
嫌な予言だった。
シロは、本体の奥でため息をつく。
祈り場は、調査隊の目をそらすために作った。
だが村人にとっては、感謝を置ける場所になっている。
偽物を作ったのに、使う人間が本物にしてしまう。
これはゲーム知識では読めない。
ゲームなら祠はオブジェクトだ。
クリックすればバフがつく。アイテムを置けばイベントが進む。
だがこの世界では、誰かの母親が乳歯を置く。
そんな攻略情報はなかった。
昼過ぎ、砦から追加の使いが来た。
若い騎士が一人。
前回の調査隊にいた、シロを見て笑った男だった。
彼は祈り場の前で馬を降りた。
目つきが前と違う。
笑わない。
祈り場を見る。
花を見る。
乳歯の布袋を見る。
そして、シロを見る。
「追加調査の日取りが決まった」
「いつですか」
「五日後」
若い騎士は手紙を渡した。
その手が、少し硬い。
「上では討伐の話も出ている」
「聞いています」
「カトラス卿は、本当にあなたに従っているのか」
シロは答える前に、カトラスを見た。
カトラスは即座に膝をつきそうになった。
「立って」
「はい」
立ったままだった。
若い騎士の顔が引きつる。
それだけで答えになってしまった。
彼は祈り場へ視線を戻す。
「村人は、あなたを拝んでいるのか」
「助かった礼をしているだけです」
「違いは」
良い質問だった。
シロは答えに詰まった。
助かった礼。
祈り。
信仰。
その線はどこにあるのか。
花を置くのは礼か。
乳歯を置くのは祈りか。
それを他人が真似し始めたら、信仰か。
「まだ分かりません」
シロは正直に言った。
若い騎士は、かすかに眉を動かした。
「分からないのに、止めないのか」
「止める理由も、まだありません」
彼は黙った。
白い森は、戦争だけではない。
食料。
薬。
道。
死んだ剣聖。
そして、花の置かれた祈り場。
若い騎士の頭の中で、それらがつながらずに積まれていくのが分かった。
帰り際、彼は祈り場をもう一度見た。
その目には、前のような軽い侮りはなかった。
代わりに、もっと深い困惑があった。
シロは思った。
偽物の祈り場は、敵の目をそらすために作った。
だが今は、敵の心を迷わせている。
報酬としては大きい。
大きすぎて、少し怖かった。




