第4話 弔いの白い傘
隊長は死んだ。
田中が殺した。
そう言うしかなかった。
剣も鎧も腐らせた。足元を崩した。逃げ道を塞いだ。最後に、若い騎士を盾にした隊長の腕を菌糸で縛り、そのまま体の奥まで分解した。
直接噛みついたわけではない。
血を浴びたわけでもない。
だが結果は同じだ。
人が一人、田中の前で土に還った。
森は静かだった。鳥も鳴かない。湿った葉の上に、兜が転がっている。兜の内側には、汗と血の匂いが残っていた。
田中はしばらく何もできなかった。
動けないキノコだから、というだけではない。
気持ちが遅れてきた。
殺した。
その言葉が、土の中の菌糸へゆっくり染み込む。
若い騎士は逃げた。腰を抜かしながら、何度も転び、森の出口へ消えた。田中は追わなかった。
追えなかった、と言った方が近い。
残ったのは、死体と装備だった。
【分解可能】
【素材抽出可能】
【経験値取得可能】
文字が浮かぶ。
「うるさい」
田中は思った。
死体を前にして、経験値だの素材だの言われたくなかった。ゲームなら笑って拾った。効率のいい狩場なら、何時間でも回った。
だがこれは人間だ。
名前は知らない。性格も知らない。たぶん部下には嫌われていた。若い騎士を盾にした時点で、ろくな人間ではない。
それでも、死体だった。
田中は菌糸を伸ばし、土を盛った。
小さな墓を作る。石を置く。兜を横に置く。白い菌糸を束ねて、墓標代わりに小さなキノコを一本生やした。
弔い。
たぶん、そう呼べるはずだ。
「これくらいは、人間として当然だろ」
誰に言うでもなく、田中はそう思った。
白い小さな傘が、湿った風に揺れる。
その時、根元から甘い匂いがした。
死体の奥に残った魔力。血。肉。骨。革。汗。恐怖。全部が土に混ざり、菌糸へ流れ込んでくる。
田中は身構えた。
嫌悪が来ると思った。
来た。
だが、それより先に、腹の底に似た場所が満たされた。
うまい。
そう感じてしまった。
田中はぞっとした。
胃はない。舌もない。なのに味がある。腐葉土の苦み。鉄の渋み。魔力の甘さ。湿った肉の重さ。
全部が、体に入ってくる。
気持ち悪い。
気持ち悪いのに、無駄がない。
その言葉が浮かんだ瞬間、田中は自分を殴りたくなった。殴る手はなかった。
白い墓標のキノコが、少し大きくなる。
死体は土に還る。
それは普通のことだ。
なら、土を通して自分の一部になるのも、同じではないのか。
腐って、虫に食われ、誰にも使われず消えるより。
自分の菌糸になり、森を守り、誰かの食べるキノコになる方が。
合理的ではないのか。
「……違う」
田中は否定した。
だが否定は弱かった。
墓の周りに、白い菌糸が静かに広がっていた。弔いの形をしている。けれど中身は資源化だった。
その二つが同じ場所にあることを、田中はまだ認めたくなかった。
森の奥で、何かが動いた。
死体ではない。
さっき分解した隊長の骨に、白い菌糸が絡んでいる。
骨が、ゆっくり膝をついた。
田中は息を呑んだ。
息はない。
それでも、確かに息を呑むような沈黙があった。




