第3話 土の中の手足
戦いは、戦いと呼ぶには一方的だった。
騎士たちは剣を振った。槍で突いた。火打ち石を取り出し、枯れ葉へ火をつけようともした。
だが、足場が先に死んだ。
田中の菌糸は、森の地面を薄く覆っていた。ぬかるみを柔らかくし、木の根を浮かせ、草の下に小さな穴を作る。騎士が踏み込むたび、足首が沈む。
剣よりも先に、靴が負けた。
勇気よりも先に、膝が折れた。
田中はそれを見て、変な納得をした。
現場を知らない上司が、会議室で立派な作戦を言う。だが倉庫の鍵がない、担当者が休み、コピー機が詰まった。その程度のことで計画は止まる。
戦争も、足元が腐れば止まるらしい。
「隊長! 撤退を!」
「馬鹿を言うな、相手はキノコだぞ!」
隊長らしい男が怒鳴った。
その言葉に、田中は少しだけ傷ついた。
キノコなのは事実だ。
事実だが、面と向かって言われると腹が立つ。
菌糸が男の剣へ絡んだ。柄は木製。汗を吸った革紐。鉄の芯。構造が分かる。分かると、ほどける。
剣が、男の手の中でばらばらになった。
金属片が泥に落ちる。白い菌糸がそれを包む。
【素材抽出】
【鉄片】
【革片】
【微量魔力】
文字が浮かんだ。
田中は一瞬、驚きを忘れた。
ドロップ操作。
ゲーム時代に噂だけあった。おばけきのこは敵を倒した時、素材だけをきれいに残すことがある。掲示板では「掃除係」と馬鹿にされていた。
実際は違う。
これは便利だ。
便利だと思ってしまい、田中はまた嫌な気分になった。
泥の中で、若い騎士が泣いていた。年は田中より下だろう。二十歳前後。兜の下の顔は青く、鼻水まで垂れている。
「助けてくれ……」
その声は、普通の人間の声だった。
田中の菌糸が止まる。
助けてくれ。
会社で終電を逃した後輩が、似たような声を出したことがある。明日までに資料を直せと言われ、誰も手伝わず、ただ机に座っていた。
その時、田中はコンビニのおにぎりを渡した。
今も、何かできるだろうか。
そう思った瞬間、隊長が火を投げた。
小さな炎が白い傘へ移る。
熱い。
たしかに熱い。
だが、燃え広がらない。
むしろ、体の奥で何かが喜んだ。
田中は固まった。
炎が、栄養になっている。
【属性処理に異常】
【火属性ダメージを変換】
【再生効率上昇】
隊長の顔が引きつった。
若い騎士の泣き声が止まった。
田中は、自分でも分かるほど静かになった。
この体はおかしい。
表示レベル1。
動けない。
見た目はただのキノコ。
なのに、武器を腐らせ、地面を変え、火すら食う。
「……降伏してくれ」
田中は、声にならない思考で言った。
伝わったかは分からない。
ただ、菌糸が地面を軽く叩いた。五人の騎士の足元で、白い糸が輪を作る。
逃げ道は一つだけ残した。
若い騎士が、そこへ這った。
隊長は剣の残骸を握りしめていた。
その目は、まだ田中を敵として見ていた。
田中は少し迷った。
迷ったことに、ほっとした。
まだ自分は、人間の側に少し残っている。
そう思った。
そのすぐ後で、隊長が若い騎士を盾にした。
迷いは、湿った土の中で、すっと冷えた。




