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第37話 砦の会議室

# 第37話 砦の会議室


 砦の会議室は、寒かった。


 石壁が冷え、椅子は硬く、窓からすきま風が入る。机の上には調査報告書、保存キノコの袋、滋養粉の包み、そして割れかけた水晶板が置かれていた。


 バルドは、報告を終えた。


 室内には砦の幹部が五人。


 グレンは端に立たされている。座れと言われていない。こういう時、座ると後で怒られる。彼はそれを知っていた。


 砦長は報告書を叩いた。


「つまり、怪しい森が村を勝手に囲い、砦の兵に食料を売り、死体の騎士を動かしている」


「言い方を荒くすれば、そうです」


 バルドが答える。


「荒くしなくても大問題だ」


 砦長の声は大きい。


 大きい声は、会議では強い。


 正しいかどうかとは別に。


 グレンは黙って床を見た。


 干し肉は足りない。


 下働きの咳は戻りつつある。


 保存キノコを止めれば現場が困る。


 だが会議室でそれを言うと、責任を取らされる。


「即刻、焼き払うべきだ」


 若い将校が言った。


 グレンの胃が縮む。


 火。


 それはまずい。


 白い森は、焼くと増えるという噂がある。


 噂だけではない。前の火攻めの跡で、キノコは増えた。


「火は避けるべきです」


 グレンは、思わず言っていた。


 全員の視線が来る。


 しまった。


 だが、言ってしまった以上、続けるしかない。


「森の品を扱った者として言います。あの森は、火に妙な反応をします。鍋の火は問題ありません。ですが森ごと焼くのは危険です」


 若い将校が鼻で笑う。


「マルクの言葉を信じるのか」


「現場の結果を見ています」


「現場、現場とうるさい」


 グレンは黙った。


 言い返したい。


 だが言い返すと、話がずれる。


 ブラック企業の会議と同じだ。現場の数字を出しても、上が気に入らなければ「姿勢の問題」にされる。


 そのころ、森の奥でシロも同じ会議を予想していた。


 ゲーム時代の辺境砦イベントでは、未知の魔物が出た時、NPCはだいたい三つの順で疑う。


 毒。


 呪い。


 最後に、補給。


 だから保存キノコは止めない方がいい。怪しいと思われても、鍋に入った時点で会議の論点が変わる。


 怪物を焼くかどうかではなく、明日の食事をどうするかになる。


 シロはその差を知っていた。


 バルドが口を開いた。


「火は、少なくとも初手では避けるべきです」


 空気が少し変わった。


 同じ内容でも、誰が言うかで通り方が違う。


 グレンの言葉は軽い。


 バルドの言葉は重い。


 グレンは悔しかったが、助かったとも思った。


「理由は」


 砦長が聞く。


「森の代表シロは表示Lv1。しかし鑑定は種族も職業も不明。さらにLv92のカトラス卿が従っています」


 部屋がざわついた。


 カトラスの名は効いた。


 古い騎士たちは、彼の武名を知っている。


「死んだはずでは」


「死んでいます」


 バルドは短く言った。


「死んだ上で、動いています」


 誰もすぐに笑わなかった。


 笑える話ではない。


 死んだ剣聖が、レベル一の白い代表に膝をつく。


 その報告は、会議室の温度をさらに下げた。


「ならば、なおさら討伐すべきだ」


 若い将校が言う。


 正しい。


 危険なものは早く潰す。


 国を守るなら当然の考えだ。


 グレンは、その正しさも分かっていた。


 分かっているから苦しい。


 砦長は保存キノコの袋を見た。


「この品なしで、次の巡回は回るか」


 グレンの喉が乾く。


 ここで嘘をつけば、現場が死ぬ。


 正直に言えば、白い森の必要性を認めることになる。


「回ります」


 グレンは言った。


 砦長の顔が少し明るくなる。


「ただし、干し肉を前倒しで使い切ります。馬の飼葉も削ります。咳の者は夜勤から外す必要があります。巡回回数は落ちます」


 会議室が静かになった。


 回る。


 だが高くつく。


 こう言うしかなかった。


 砦長は机を指で叩いた。


「つまり、白い森の品があれば楽になる」


「はい」


「楽をするために怪物へ金を払うのか」


 グレンは答えられなかった。


 その言い方をされると弱い。


 バルドが静かに言った。


「楽ではありません。損耗を減らすためです」


 砦長は黙った。


 損耗。


 人や馬や物が減ること。


 会議室では数字に見える。


 現場では、寝不足の兵士と空の鍋だ。


 結論は出なかった。


 討伐の準備をする。


 ただし、すぐには動かない。


 保存キノコの取引は止めず、量を絞る。


 追加調査を行う。


 紙の上では、そうまとまった。


 グレンは会議室を出たあと、壁にもたれた。


 疲れた。


 正しさと飯が、同じ机に置かれると、人は簡単に決められない。


 彼は保存キノコの袋を一つ抱えていた。


 会議で危険だと言われた品だ。


 だが今夜、これを鍋に入れないと、下働きの食事が薄くなる。


 グレンは、袋の白い紐を見た。


「怪物の方が、現場を分かっている」


 小さく呟いて、すぐ口を閉じた。


 誰にも聞かれなくてよかった。




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