第36話 報告書に書けないこと
調査隊は、オルド村長の家で報告書を書いた。
広場では書けない。
人の目が多すぎる。
オルド村長の家には、粗い机が一つ。椅子は足りない。バルドは椅子をグレンに譲り、自分は立ったままミラへ話した。
その動きだけで、シロはこの男が現場寄りだと分かった。
偉い人間ほど椅子を奪う。
前世の田中はそう思っていた。
だが、たまに違う人もいる。そういう人ほど、敵に回すと面倒だ。
「食料、保存性あり。毒性は現時点で確認できず」
ミラが書く。
「薬は」
グレンが言う。
「咳を軽くし、眠りやすくする。腹が減る。高熱には効かない」
シロは頷いた。
説明が正しく伝わっている。
少し安心した。
「道は」
「整備されている。盗賊の気配なし」
ニコが外でくしゃみをした。
気配はある。
ただし作業員として。
ミラは顔を上げた。
「元盗賊が作業員になっている件は、どう書きますか」
バルドは少し考えた。
「治安改善のため、罪人を労働へ回している」
「森が勝手に?」
「村と合意の上で」
オルド村長が慌てて頷いた。
「合意です」
声が少し裏返っていた。
嘘ではない。
だが、完全な自由意志だったかと言えば、怪しい。
盗賊を放置すれば危険。殺せば死体。働かせれば道が直る。村にとって選択肢はそれほど多くなかった。
バルドはそこまで分かっている顔をしていた。
それでも、報告書には「合意」と書かれる。
紙に乗ると、現実は少しきれいになる。
シロは、それが怖かった。
「問題は、カトラス卿だ」
バルドが言った。
部屋の空気が重くなる。
カトラスは外にいる。
村の入口で、菌騎士小隊と共に立っていた。ひび割れた甲冑の姿は窓から見える。通りかかる村人が、少し離れて歩いている。
「書かないわけにはいかない。消息不明だった帝国騎士の英雄だぞ」
セインが言う。
「Lv92。聖騎士。菌化。表示は確かです」
「その上で、表示Lv1のシロ殿に従っている」
バルドはシロを見た。
「ここが一番、報告書に書きにくい」
シロは黙った。
分かる。
事実を書くと意味が分からない。
嘘を書くと、後で困る。
レベル一の代表に、レベル九十二の元剣聖が膝をついた。
普通の書類なら、書いた人間が疑われる。
ミラが困った顔で羽ペンを止めた。
「そのまま書きますか」
バルドは少し迷い、言った。
「書け。ただし、判断不能と付ける」
判断不能。
便利な言葉だ。
間違っていると言わない。
正しいとも言わない。
分からない、と責任を次へ回す。
シロは、前世の会議資料を思い出して少し嫌になった。
要確認。
別途検討。
判断保留。
そういう言葉は、問題を消さない。次の人間へ渡すだけだ。
だが今は、その方が助かる。
「シロ殿」
バルドが言う。
「はい」
「王と呼ばれることを、否定しないのか」
「何度か止めています」
「止まっていない」
「はい」
部屋の中に、少しだけ沈黙が落ちた。
マルクがいれば笑ったかもしれない。
だが今は笑う者がいない。
「では、あなた自身は王を名乗るのか」
「まだ名乗りません」
「まだ」
バルドは、その一語を聞き逃さなかった。
シロは内心でしまったと思った。
まだ。
また余計な言葉だ。
「今は、白い森の代表です」
言い直す。
バルドはそれ以上追わなかった。
追えるのに追わない。
それが逆に怖い。
「報告には、こう書く」
バルドはミラへ言った。
「白い森は、現時点で帝国へ敵意を示していない。村への食料、薬、道の安全を提供している。一方で、死者を兵として使う力を持ち、鑑定不能な代表を立てている。早急な討伐は、利益と危険の両面から再考が必要」
長い。
だが、意味は分かる。
危ない。
でも役に立つ。
今すぐ殴るのは損かもしれない。
そういうことだ。
シロは、小さく息を吐くふりをした。
今日の報酬は、敵を倒すことではない。
報告書に「再考が必要」と書かせたことだった。
調査隊が帰る時、バルドはシロに言った。
「次に来る者が、私ほど話を聞くとは限らない」
「分かっています」
「なら、備えろ」
忠告だった。
脅しでもある。
シロは頷いた。
「備えます」
バルドは白い橋を渡って去った。
その背中を見送りながら、シロは思った。
良い報告書ほど、次の揉め事を連れてくる。




