# 第34話 表示レベル1の代表
セインの水晶板は、薄い青い光を出した。
広場の全員が、それを見ている。
シロは動かなかった。
動かない方が強そうに見える。
実際は、動くと不自然さが出るから止まっているだけだ。呼吸の真似も、こういう時は忘れやすい。
水晶板に文字が浮かんだ。
【シロ】
【Lv1】
【種族:不明】
【職業:不明】
若い騎士が、小さく笑った。
ほんの少しだった。
だが、聞こえた。
村人たちの肩が強張る。ニコが、ものすごく嫌な顔をした。オルド村長は手を握りしめている。
シロは、内心でため息をついた。
またレベル一。
これが困る。
ゲームならネタで済む。表示Lv1のまま内部値だけ壊れているエイプリルフール職。掲示板では「修正前に消えるから放置かよ」と笑われていた。
だが現実の騎士は、掲示板を知らない。
数字だけを見る。
数字を見る人間は、数字に安心する。
バルドは笑わなかった。
それだけで、この男は若い騎士より上だと分かる。
「レベル一」
彼は確認するように言った。
「そう見えるようです」
シロは答えた。
「そう見える、とは」
「鑑定が正しくないことがあります」
セインの眉が上がった。
「鑑定を疑うのですか」
「はい」
空気が固くなる。
シロは、少しだけ後悔した。
言い方が悪い。
前世でも、他部署の作った資料に「間違っています」と言うと揉める。「前提が違うかもしれません」と言う方がまだ通る。
言い直す。
「鑑定が悪いのではなく、私の方が変なのだと思います」
セインは黙った。
若い騎士が鼻で笑う。
「自分で変と言う代表か」
その笑いで、彼の肩から少し力が抜けた。
怖がっていた相手が、数字の上では自分より下だった。
そう分かった瞬間、人は礼儀を落とす。
「変です」
シロは即答した。
村人が困った顔をした。
丸眼鏡の商人マルクは、帳面で口元を隠している。笑っているかもしれない。
バルドだけは、まだ目を細めていた。
「レベル一で、橋を作り、薬を作り、道を守るのか」
「私一人ではありません」
「部下がいる」
「います」
「どこに」
そこが問題だった。
カトラスを見せるのは最後。
だが、もう最後に近い。
シロは少し迷った。
見せれば、調査隊は引く。
同時に、森の異常さも確定する。
見せなければ、Lv1の白いニコとして押し切られる。
どちらがましか。
マルクが小さく咳をした。
「シロ殿。順番としては、そろそろかと」
この男は本当に勘がいい。
シロは頷いた。
「カトラス」
森の影が動いた。
ひび割れた甲冑が、木々の間から現れる。
白い菌糸。
土の匂い。
錆びた剣。
広場の空気が変わった。
若い騎士の笑いが消える。
セインが慌てて水晶板を向けた。
【カトラス】
【Lv92】
【職業:聖騎士】
【状態:菌化】
数字が浮かんだ瞬間、若い騎士の顔から色が抜けた。
Lv92。
シロは、その数字の強さを分かっている。
一般人はLv10から30。
精鋭でLv40から70。
国家最強がLv80から100。
カトラスは、その国家最強の側にいる。
つまり、村に立っているひび割れた騎士は、バルドから見ても格上だった。
その格上が、シロの前で片膝をついた。
「王よ」
広場の音が消えた。
シロは頭の中で叫んだ。
王よ、ではない。
今は違う。
せめて代表とか、シロとか、もっと軽い呼び方があるだろう。
「立って」
シロは小声で言った。
「はい」
カトラスは立たない。
「立って」
「敵意ある者の前で、王より高く立つわけには」
「そういうところ」
ニコが、横で口を押さえた。
笑っている場合ではない。
けれど少し分かる。
絵面が変すぎる。
表示Lv1の白いニコ。
その前に膝をつくLv92の剣聖。
数字を信じれば信じるほど、頭がおかしくなる組み合わせだった。
さっき笑った若い騎士は、もう笑っていなかった。
数字は彼の味方だった。
その数字が、目の前で敵に回った。
バルドが、かすれた声で言う。
「あなたは、カトラス卿か」
カトラスは兜を少し向けた。
「その名で呼ばれたこともある」
「なぜ、この者に」
この者。
その言葉に、カトラスの兜の奥で白い光が強くなった。
シロは即座に言った。
「怒らない」
「はい」
カトラスは怒らなかった。
ただ、声だけが低くなる。
「この方は、我が王である」
シロは、あきらめた。
もう止まらない。
バルドは、シロを見た。
視線が変わっていた。
さっきまでの疑いに、恐れが混ざる。
若い騎士は一歩下がった。
セインは、水晶板を両手で抱えたまま動けない。
シロは理解した。
カトラスが強いから怖いのではない。
強いカトラスが、なぜか自分に頭を下げているから怖いのだ。
上司が急に取引先の若い担当へ土下座したら、部下は理由が分からなくても固まる。
格上の敬意は、それだけで説明になる。
そして、その説明はたいてい間違って広がる。
シロは静かに言った。
「森は、帝国と戦うつもりはありません」
バルドはすぐに答えなかった。
数秒。
重い沈黙。
やがて彼は、剣の柄から手を離した。
「ならば、今日は剣を抜かない」
オルド村長が息を吐いた。
それが、この日の最初の勝利だった。




