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第31話 砦からの手紙



 砦から手紙が来た。


 白い森へ。


 宛名はそう書かれていた。


 正式な国名でも、村の名前でもない。丸眼鏡の商人マルクが帳面に書いた通称が、そのまま砦の紙に乗ったのだ。


 シロは、シロの白い指で封を見た。蝋には帝国の紋章が押されている。硬い。重い。紙も村で使う木札とは違い、きちんとした羊皮紙だった。


 手紙一枚で、面倒ごとが来たと分かる。


 会社でもそうだった。普段はチャットで済む話が、急に上役の印つき文書になる。だいたい良い知らせではない。


「読めますか」


 オルド村長が聞いた。


「読めます」


 ゲーム時代の共通語と、この世界の文字はかなり近い。完全に同じではないが、意味は取れる。


 手紙の内容は短かった。


 保存食と滋養粉の出どころを確認する。


 村の税が乱れていないか見る。


 森の代表と話す。


 数日以内に調査隊を送る。


 最後の一文だけ、文字が大きい。


 敵対行動があれば、帝国は相応の対応を取る。


「相応の対応」


 シロは声に出した。


 ニコが顔をしかめる。


「それ、要するに殴るってことですか」


「たぶん」


「言い方を遠回しにする意味あります?」


「責任をぼかせる」


 ニコは嫌そうな顔をした。


 シロは少し笑いそうになった。


 難しい言葉は、たいてい責任を包む紙だ。殴ると書けば殴った人が悪い。相応の対応と書けば、現場判断のように見える。


 オルド村長は手紙を見つめたまま、息を吐いた。


「討伐隊ではないのですな」


「まだです」


「まだ」


 オルド村長はその言葉を噛むように繰り返した。


 怖がらせるつもりはなかった。だが事実だった。調査隊のあとに討伐隊が来ることはある。会社で言えば、監査のあとに処分が来るようなものだ。


 丸眼鏡の商人マルクは、隅で帳面を開いていた。


「調査隊なら、まず数人でしょう。いきなり大軍ではない」


「なぜ分かりますか」


「砦は今、食料が薄い。大人数を動かせません」


 兵站。


 食料。


 そこを見るのは、マルクらしかった。


「それに、保存キノコを完全に止めると、砦の現場が困る」


 マルクは眼鏡を直す。


「つまり、強く出たいが、切り捨てるには惜しい。そういう相手として見られております」


 分かりやすい。


 嫌なほど。


 シロは手紙を畳んだ。


 白い森は、まだ国ではない。


 だが、砦の紙に載った。


 それだけで、ただの森では済まなくなる。


 カトラスがひび割れた甲冑を鳴らして前へ出た。


「王よ。調査隊を森へ入れるのであれば、帰す必要はありません」


「帰す」


「では、手足を残して帰す」


「全部残して帰す」


「はい」


 素直に下がったが、絶対に納得していない。


 オルド村長の顔色が悪くなった。


 シロはオルド村長に向き直る。


「村には普通にしていてもらいます」


「普通、ですか」


「食事を作る。道を直す。鐘の説明をする。庇護札を見せる」


「隠さなくてよいのですか」


「隠すと怪しまれます」


 これは本当にそうだ。


 前世でも、監査前に机をきれいにしすぎる部署は逆に怪しかった。普段からやっていることに見せるには、普段通りが一番いい。


 ただし、見せる順番は大事だ。


「最初に食料。次に薬。最後に菌騎士」


 オルド村長が眉を寄せる。


「なぜ最後に」


「最初に死んだ騎士を見せると、話を聞かなくなる」


 ニコが深くうなずいた。


「分かります。俺も最初に見た時、話どころじゃなかったです」


 カトラスは少し不満そうだった。


「我らは王の剣です」


「だから最後」


「最後に抜く剣」


「抜かない」


 マルクが小さく笑った。


 緊張が少しだけ緩んだ。


 シロはその空気を見て、ほっとした。こういう軽いやり取りがないと、村人は持たない。怖い話ばかりでは、人は判断をやめる。


 夜、シロは白い橋に立った。


 橋の向こうに街道が伸びている。


 調査隊は、あの道から来る。


 戦うかどうかではない。


 相手に何を見せるか。


 何を見せないか。


 どの順番で見せるか。


 それが、次の戦いだった。


 シロは本体の奥で通知を開いた。


 血。


 火。


 悲鳴。


 高熱。


 そして、新しい項目を足した。


 帝国の紋章。


 白い森は、国に見つかった。




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