第27話 元盗賊の制服
元盗賊たちに、制服が配られた。
制服といっても、立派なものではない。
粗い灰色の上着に、白い紐を一本縫いつけただけだ。胸元に小さな木札。村の庇護札とは形が違う。森の作業員であることを示す印だった。
ニコは、それを両手で持って固まっていた。
「これ、着るんですか」
「着る」
シロが答えると、ニコはものすごく嫌そうな顔をした。
「似合わないと思うんですよね」
「盗賊服よりいい」
「あれはあれで、威圧感が」
「いらない」
近くで村の女たちが笑った。
ニコは少し赤くなる。悪人だった男が、上着一枚で居心地悪そうにしている。滑稽だが、シロは笑いきれなかった。
服は、立場を変える。
前世でもそうだった。スーツを着ていれば会社員に見える。名札を下げていれば担当者に見える。中身が追いついていなくても、周りがそう扱う。
元盗賊も同じだ。
作業服を着れば、少なくとも道端で短剣を抜く男には見えにくい。
「仕事は三つ」
シロは指を三本立てた。
「道の補修。マルクの案内。危険を見たら報告」
「戦闘は?」
「しない」
「え」
ニコが間抜けな声を出した。
「俺たち、腕っぷしで雇われたんじゃ」
「腕っぷしで失敗したから、ここにいる」
村の女たちがまた笑った。
今度はニコも言い返せない。
シロは続ける。
「危ない相手を見たら、戦わずに森へ知らせる。菌騎士が出る」
「逃げていいんですか」
「逃げて知らせるのが仕事」
ニコは目を丸くした。
「それ、楽では」
「報告が遅れたら、食事を減らす」
「急にきつい」
シロは淡々と言ったつもりだったが、村人には少し受けた。
笑いがあると、説明は通りやすい。
ただの規則より、飯が減るの一言の方が早い。偏差値とかではない。疲れている人間は、複雑な制度より自分の椀で考える。
丸眼鏡の商人マルクもその場にいた。
「案内人がいるなら、護衛を一人減らせます」
「減らした分、塩を安く」
シロが言うと、マルクは肩をすくめた。
「交渉が早くなりましたな」
「帳簿を見ました」
「嫌な成長です」
マルクは笑った。
その笑いは本気半分、警戒半分だった。
元盗賊たちは、道の補修へ向かった。
穴を埋め、木の根を切り、ぬかるみに白い菌糸を混ぜる。菌糸は土を固める。翌日には、馬車の車輪が沈みにくくなった。
村人の男が、それを見て呟いた。
「盗賊が道を直してる」
「変ですか」
シロが聞くと、男は困った顔をした。
「変だ。でも、助かる」
それが全てだった。
夕方、元盗賊の一人が仕事をさぼった。
森の外れで寝ていた。口元にキノコ粥の跡をつけている。
シロは黙って見下ろした。
白い外套の影が、寝ている男の顔に落ちる。
男は目を開け、硬直した。
「すみません」
「なぜ寝た」
「腹いっぱいで」
理由が情けない。
だが、少し分かる。
飢えていた人間が急に食えるようになると、体が安心して眠る。怒るべきか迷った。
カトラスなら処罰を提案する。
村人なら呆れる。
シロは、前世の昼休みを思い出した。安い牛丼を食べた後、会議室で落ちそうになった眠気。体は正直だ。
「次から昼の量を減らす。夜に回す」
男はぽかんとした。
「罰は」
「それが罰」
「飯、減るんですか」
「昼は」
「夜は」
「増える」
「罰ですか?」
「管理」
言ってから、シロは口を閉じた。
管理。
自然に出た言葉だった。
男はよく分かっていない顔で、何度も頭を下げた。
翌日から、元盗賊たちの食事は二回に分けられた。昼は少なめ。夜に多め。作業後に眠れるように。
効率は上がった。
さぼりは減った。
村人は喜び、マルクは案内料を下げ、森の道はさらに固くなった。
良いことばかりに見える。
だが、シロは森の帳簿を見ていた。
元盗賊の食事量。
作業量。
報告回数。
逃亡リスク。
人間が、少しずつ項目になっていく。
それが必要だと分かる。
分かるから、嫌だった。
夕暮れ、灰色の上着を着た元盗賊たちが白い橋を渡った。
村の子どもが手を振る。
ニコは照れくさそうに振り返した。
盗賊は消えた。
代わりに、森の作業員が生まれた。
罪が許されたわけではない。
ただ、仕事に変換された。
その翌日、旅人が白い橋の手前で足を止めた。
灰色の上着を見て、短剣に手をかける。
ニコは反射で身構えかけ、胸元の木札を見下ろした。
それから、道の泥が深い場所を指さした。
「そっちは沈む。荷車なら白標の間を通れ」
旅人は怪訝そうにしたが、言われた通りに進んだ。車輪は沈まなかった。
礼はなかった。
だが警戒の手は、短剣から荷縄へ戻った。
盗賊が道を奪う側から、道を通す側へ変わった瞬間だった。




