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第25話 砦へ行く荷



 砦へ向かう馬車には、白い荷が積まれていた。


 乾燥キノコ二十束。


 咳止め胞子十包。


 村の女たちが縫った粗い袋。


 袋の口には、白い木札と同じ印が小さく焼きつけられている。


「焼き印は大丈夫なんですか」


 ニコが不安そうに聞いた。


「小さい火なら大丈夫」


「森ごと焼くのは?」


「増える」


「鍋と印は料理と作業。森は事故」


「そう」


 ニコは満足そうに頷いた。


 同じ説明を何度もしているが、これは必要だ。間違えて怖がられるより、しつこいくらいの方がいい。


 シロは荷台の横に立ち、丸眼鏡の商人マルクと数を確認した。


「二十束。十包。塩袋二つ分の前払い扱い」


「間違いありません」


 マルクは帳面に印をつける。


 その手つきは早い。


 怖さは消えていない。だが慣れた。人間は慣れる。良いことにも、悪いことにも。


「砦では、誰に売りますか」


「グレンです。名は出さない方がよろしいでしょう」


「なぜ」


「怪しい品を試したと上官に知られると、面倒です」


 シロはすぐ理解した。


 現場が勝手に便利なものを使う。


 上は後から知って怒る。


 だが成果が出ていると、なかったことにもできない。


 前世の会社にもよくあった。古い承認フローを通すと一ヶ月かかる仕事を、現場が勝手に表計算で回してしまう。怒られるが、止めると業務が止まる。


「つまり、先に使わせる」


「ええ。効けば、正式に買う理由ができます」


 マルクはにこりとした。


 商売人の笑みだった。


 シロは少し怖くなった。


 自分より、この男の方が侵食の仕方を分かっている。


「砦に森の名前は」


「出しません。まずは『街道沿いの保存食』で通します」


「それでいい」


 マイコニアという名はまだ早い。


 外へ噂は出てもいい。だが国名になるには、討伐軍と交渉の後でいい。今はただ、便利な森の品で十分だ。


 カトラスは不満そうだった。


「王の御名を隠すとは」


「今は隠す」


「御威光を」


「威光より販路」


 言ってから、シロは少し嫌になった。


 自分で言うと商売人みたいだ。


 カトラスは兜を下げた。


「販路。すなわち兵站路の掌握」


「そこまで言ってない」


「しかし、その通りかと」


 丸眼鏡の商人マルクが横から言った。


 カトラスとマルクが、珍しく同じ方向を見た。


 武力と利益。


 別々の顔をしているのに、どちらも道を欲しがる。


 シロは少し黙った。


 荷台の白い袋を見る。


 これが砦へ入る。


 兵士の腹へ入る。


 咳で眠れない子どもや下働きへ渡る。


 助かる者がいる。


 同時に、砦の中に森の需要が生まれる。


「変な売り方はしないでください」


「変な、とは」


「万能薬みたいに言わない」


「効能を盛るな、ということですな」


「そうです」


 シロは真面目に言った。


 薬で信用を失うと厄介だ。前世でも怪しい健康食品は嫌いだった。効かないものを効くと言って売るのは、普通に悪い。


「咳が軽くなる。眠りやすくなる。腹は減る。発熱が強い場合は効きが悪い。これで」


 マルクは意外そうに瞬きした。


「正直ですな」


「長く売るなら、その方がいい」


「なるほど」


 マルクは帳面に書き足した。


 咳が軽くなる。


 眠りやすくなる。


 腹が減る。


 シロはその文字を見て、少し安心した。


 嘘ではない。


 だが、全部でもない。


 咳止め胞子を吸った者の体内には、微量の菌糸反応が残る。すぐ何かをするほどではない。だが菌糸網に近づけば、状態が分かりやすくなる。


 医療記録のようなものだ。


 そう考えると便利だ。


 勝手に残ると考えると、不気味だ。


 シロはその不快感を、いったん横へ置いた。


「道案内を一人つけます」


 ニコが手を上げた。


「俺ですか」


「砦の顔を知っている?」


「前に、ちょっと」


「盗みに入った?」


「下見だけです」


 シロは黙って見た。


 ニコは負けた顔で言い直す。


「少し盗りました」


「なら案内に向いている」


「褒められてます?」


「働けば」


 ニコは肩を落としたが、どこかほっとしていた。


 罪を責められるより、仕事を振られる方が楽な時もある。前世の田中も、上司の説教より具体的な作業指示の方がまだ耐えられた。


 馬車が動き出した。


 白い橋を渡り、街道へ出る。


 車輪の振動が菌糸を通じて遠ざかる。


 シロは橋の上で見送った。


 カトラスが隣に立つ。


「王よ。あの荷は兵を養います」


「そうだね」


「兵を養う者は、兵を動かせます」


 シロは答えなかった。


 まだ砦を支配したわけではない。


 ただ、砦の胃袋に手をかけただけだ。


 その日の夕方、森の帳簿に新しい欄が増えた。


 外部出荷。


 その四文字が、妙に重く見えた。




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