第23話 第一菌騎士小隊
第一菌騎士小隊の巡回が始まった。
名前は立派だ。
実態は、カトラスと、歩ける死者が六体である。
ひび割れた甲冑。白い菌糸。土の匂い。剣を抜かなくても、村の犬が吠える。
シロは村の入口に立ち、巡回路を確認していた。外套の裾に朝露がつく。分体の足は冷たいので、濡れても不快感が薄い。便利だが、少し寂しい。
「王よ」
カトラスが膝をついた。
「村の東、畑の外周、白橋、街道手前。四点を巡る形でよろしいでしょうか」
「いい。ただし、村の中へは入らない」
「なぜ」
「怖がる」
カトラスは、兜の隙間から白い菌糸を揺らした。
「恐怖は秩序を生みます」
「多すぎると逃げる」
「なるほど。恐怖量の調整」
「そういう話ではない」
また制度名になりそうで嫌だった。
近くにいたオルド村長が、顔を引きつらせながら聞いている。オルド村長の手には麦の籠があった。手が少し震えている。
「シロ様」
「様はいりません」
「では、シロ殿。あの者たちは、襲いませんな」
あの者たち。
死んだ騎士を、人と呼ぶか、物と呼ぶか。
シロの中で少し迷いが生まれた。
第一菌騎士は、ほとんど喋らない。人格は薄い。命令を聞き、剣を振り、立ち止まる。生前の記憶の残り香はあるが、本人そのものではない。
それでも、歩く。
なら、何なのか。
「命令がなければ襲いません」
シロはそう答えた。
オルド村長は少しだけ安心した。しかし完全には笑わない。
当たり前だ。
安心できる死体など、普通はいない。
畑の端で、子どもが菌騎士を見ていた。母親が慌てて抱き寄せる。
「見るんじゃありません」
「でも、守ってくれるんでしょ」
子どもの声は、思ったより大きかった。
母親が固まった。
オルド村長も固まった。
カトラスは、なぜか誇らしげに胸を張った。
「然り。死してなお民を守る誉れである」
「言い方」
シロは即座に止めた。
子どもは首を傾げた。
「死んでも、お仕事するの?」
シロは前世を思い出した。
休日に鳴る会社携帯。
退勤後に飛んでくるチャット。
死んでも仕事、という言葉は笑えない。
「本人が望めば、将来はそういう形もあるかもしれない」
慎重に言った。
カトラスの兜が、わずかに震えた。
まずい。
今の一言は拾われる。
「王は、意思ある死後奉公をお認めに」
「まだ認めてない。将来の話だ」
「将来、意思確認を伴う死後奉公制度を検討」
「記録するな」
カトラスの背後で、菌騎士六体が一斉に姿勢を正した。
村人たちがさらに引いた。
しかし、そのとき畑の外で悲鳴が上がった。
山犬だった。
三匹。腹を空かせている。村の柵の弱いところから入りかけていた。
菌騎士が動いた。
速くはない。
だが迷わない。
六体のうち二体が柵の隙間を塞ぎ、一体が子どもの前へ立つ。カトラスが剣を抜く。錆と土の匂いが、朝の空気に混ざった。
山犬は飛びかかった。
菌騎士の腕に噛みつく。
肉の代わりに、白い菌糸が千切れた。
血は出ない。
菌騎士は痛がらない。
そのまま山犬を地面へ押さえた。
カトラスの剣が、一閃した。
残り二匹は逃げた。逃げた先には、白い菌糸が土から伸びていた。足を絡め、転ばせる。殺す必要はなかった。森の外へ追い払えばいい。
村は静かになった。
子どもが泣き出した。
母親が抱きしめる。
オルド村長は口を開けたままだった。
カトラスが膝をつく。
「脅威、排除」
シロは、胸の奥が少し重くなった。
守れた。
それは良いことだ。
だが守ったのは、死んだ騎士だった。
弔ったはずの者たちを、まだ使っている。
腐って土に還るより、僕の一部として生き続ける方が合理的だ。
そう考えた。
また同じ言い訳だと思った。
「けが人は」
「いません」
オルド村長が答えた。
声に、恐怖以外のものが混ざっていた。
安堵だ。
これが厄介だった。
怖い。
でも助かる。
気味が悪い。
でも子どもは無事。
人は、生活が守られる方へ傾く。
オルド村長は深く頭を下げた。
「巡回を、続けていただきたい」
その言葉を聞いた瞬間、シロは自分の報酬を理解した。
第一菌騎士小隊は、怪物ではなくなった。
少なくとも村の中では、必要なものになった。
カトラスが静かに剣を納める。
「王よ。民は死後の誉れを理解し始めております」
「違う」
シロは言った。
だが声は弱かった。
村の子どもが、母親の腕の中から菌騎士を見ていた。
泣きながら、小さく手を振った。
菌騎士は反応しない。
代わりにカトラスが、胸に手を当てて礼をした。
その礼が妙に騎士らしくて、シロは少し嫌になった。




