第19話 白い橋
橋は、三日でできた。
普通なら無理だ。
木を切る。運ぶ。削る。組む。人手も道具も時間もいる。だが田中には菌糸があった。カトラスには骨があった。盗賊たちには、飯を出せば働く腕があった。
谷というほどではない。
雨が降るとぬかるむ、浅い沢だ。
だが村人にとっては大きな障害だった。荷車が沈む。子どもが転ぶ。病人を運ぶには遠回りになる。
そこに白い橋が架かった。
魔獣の骨を芯にし、菌糸で固め、上に木板を敷く。見た目は少し奇妙だ。白い支柱が、肋骨のように並んでいる。
村人たちは最初、近づかなかった。
当然だ。
骨の橋だ。
田中も、逆の立場なら嫌だ。
最初に渡ったのは、あの咳の子どもだった。
「こら!」
母親が叫ぶ。
子どもは白い橋の上を走った。途中で一度止まり、足元を見た。それから振り返って笑う。
「沈まない!」
それで空気が変わった。
村人たちは一人ずつ橋を渡る。老人が杖をつく。女が水桶を運ぶ。盗賊がキノコ袋を背負って渡る。
便利だった。
便利は強い。
怖さを少しずつ上書きする。
田中は分体で橋の端に立ち、その様子を見ていた。外套の下の白い手を手袋で隠し、呼吸の真似を続ける。
オルド村長が隣に来た。
「これで雨の日も森へ行ける」
「ああ」
「助かる」
その言葉は素直だった。
田中は、少し嬉しかった。
だが同時に、橋の下では菌糸が脈打っている。誰がいつ渡ったか分かる。荷物の重さも、足取りの乱れも、全部伝わる。
橋は道だ。
道は監視線でもある。
救済と支配は、また同じ形をしていた。
カトラスが橋の中央で膝をつく。
「王よ。死した魔獣も、民の足元を支える栄誉を得ました」
村人たちが固まる。
田中も固まる。
言い方。
本当に言い方だ。
子どもだけが、カトラスを見上げて言った。
「この橋、生きてるの?」
カトラスは真剣に答えた。
「死してなお働いている」
母親が子どもの耳を塞いだ。
田中は頭を抱えたくなった。手はあるので、実際に少し抱えた。
「橋は橋だ。怖がらなくていい」
田中が言うと、村人たちは少し安心した。
だが完全には戻らない。
それでいいのかもしれない。
便利さに慣れすぎる前に、怖さも少し残っていた方がいい。
田中はそう考えた。
その考え自体が、もう管理者のものだと気づき、少し嫌になった。
夕方、村人たちは橋のたもとに小さな花を置いた。
魔獣への弔いなのか。
橋への感謝なのか。
田中には分からなかった。
ただ、白い菌糸はその花を分解しなかった。
しばらく、そのまま残した。




