第17話 帳簿しか見ない男
徴税人は、太った男だった。
馬車から降りる時、足元を見なかった。泥を踏んで顔をしかめ、後ろの兵士に手を差し出す。兵士が慌てて支えた。
田中は村の端から見ていた。
分体は外套を深くかぶっている。白い手は手袋の中。瞬きも忘れていない。たぶん、人間に見える。
たぶん。
徴税人はオルド村長の前に立ち、帳簿を開いた。
「麦十五袋。銀貨三枚。昨季不足分を含む」
オルド村長が頭を下げる。
「今年は虫害と病で、麦が」
「帳簿には十五袋とある」
「ですが、畑を見ていただければ」
「私は畑を見に来たのではない。帳簿を確認しに来た」
田中は、少しだけ笑いそうになった。
笑いではない。
呆れだ。
ここまで分かりやすいと、逆に助かる。
帳簿しか見ない男。
なら、帳簿の損得を変えればいい。
村の納屋から、白いキノコの袋が運ばれてきた。
徴税人が眉をひそめる。
「何だこれは」
「森で採れた食用キノコです」
オルド村長の声は硬い。
田中が事前に用意させた答えだ。
「麦の代わりに納めます」
「ふざけるな。税は麦だ」
「ですが、砦では食料が不足していると聞きました」
徴税人の眉が動いた。
兵士たちも反応する。
田中は盗賊たちから聞いていた。砦では、火を使った討伐の後、倉庫の一部がカビで駄目になった。
まあ、田中が侵入させた胞子のせいだが
食料は足りない。兵士の不満もある。
そこへ、このキノコだ。
腹持ちがいい。
保存できる。
毒はない。
しかも、麦より軽い。
徴税人は帳簿を見る。キノコを見る。兵士を見る。
オルド村長は続けた。
「麦十五袋は無理です。ですが、このキノコなら二十袋出せます」
嘘ではない。
田中が生やせる。
徴税人の顔に、計算が浮かんだ。
田中にはそれが分かった。
上に報告する時、麦不足は失点になる。
だが「新しい保存食を確保した」と書けば手柄になる。
現場の苦しみは見ない。
帳簿と評価だけを見る。
なら、評価を餌にすればいい。
「味は」
徴税人が言った。
オルド村長が椀を出す。
白いキノコのスープ。
徴税人は嫌そうに飲んだ。
そして、少しだけ目を見開いた。
「……悪くない」
兵士たちの顔が変わる。
麦よりいい。
少なくとも、今日の飯にはなる。
田中は村の地下から、納屋の端へ菌糸を伸ばした。白いキノコをさらに増やす。袋の数が足りるように。
徴税人は帳簿に何かを書いた。
「今回は特例とする」
その言葉で、村人たちの肩から力が抜けた。
勝った。
戦わずに。
誰も殺さずに。
田中は少しだけ満足した。
だが徴税人は去り際、オルド村長へ言った。
「次からは、このキノコも税目に加える」
オルド村長の顔が固まる。
田中も固まった。
救ったものが、税になる。
役人は早い。
嫌なところだけ、とても早い。
徴税人の馬車が去る。
村は今日を生き延びた。
同時に、森のキノコは領主の帳簿に載った。
田中は理解した。
食べ物を出せば感謝される。
そして、支配者はそれを取りに来る。
なら次は、帳簿そのものをこちらへ向ける必要がある。
政治は面倒だ。
だが、放っておくともっと面倒になる。
徴税人の帳簿には、その日から新しい欄ができた。
麦ではない。
白い森産保存食。
村を縛っていた紙の上に、森の品名が入り込んだ。




