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第16話 徴税人を待つ村



 徴税人が来る前の村は、葬式の前に似ていた。


 誰も大声を出さない。


 鍋の音も小さい。


 子どもまで、走るのをやめている。


 田中は村の地下から、その静けさを聞いていた。分体はオルド村長の家にいる。外套を脱ぎ、壁際に座り、呼吸の真似を続けている。


 オルド村長は古い木箱を開けた。


 中には、麦が少しだけ入っている。


「これを持っていかれたら、冬は越せん」


 分かりやすい。


 麦がない。


 冬が越せない。


 難しい政治は要らない。


 田中は聞いた。


「なぜ税を減らさない」


 オルド村長は苦く笑った。


「領主様の兵を食わせるためだそうだ」


「兵は何から村を守っている?」


「盗賊と魔物」


 田中は少し黙った。


 盗賊は今、森で働いている。


 魔物も減らしている。


 つまり、村を苦しめている税の理由を、田中が消しつつある。


 だが領主はそれを知らない。


 知らないまま、麦を取りに来る。


 会社の無駄な旅行積立金みたいだ。


 田中の会社は社員旅行など行ったことがなかった。名目だけ残って金と時間を食い続ける。


 田中は静かに苛立った。


「徴税人は、どんな奴だ」


 オルド村長は目を伏せた。


「帳簿しか見ない」


 その一言で、だいたい分かった。


 人ではなく数字を見るタイプ。


 田中も前の会社で何人も見た。売上表だけ見て、現場の人間が何時間寝ていないかは見ない。数字が足りなければ怒る。足りても次の目標を出す。


「帳簿か」


 田中は、村の地下の菌糸を動かした。


 井戸。


 納屋。


 畑。


 村の外の道。


 徴税人が来る道に、細い菌糸を伸ばす。


 殺す必要はない。


 麦を奪わせなければいい。


 いや、それだけでは足りない。


 役人が「この村は取れない」と判断しなければ、また来る。


 もっと言えば、「森の庇護下にある村から取ると損をする」と思わせる必要がある。


 田中は、自分の考えに少し驚いた。


 これは戦闘ではない。


 交渉でもない。


 相手の損得を変える作業だ。


 カトラスなら、徴税人を斬る。


 それは簡単だ。


 だが斬れば、次は兵が来る。


 兵が来れば、村が戦場になる。


 田中はそれを避けたかった。


 人間だった頃、クレーム対応で学んだことがある。


 相手を論破しても、仕事は増える。


 相手が自分で「やめた方が得だ」と思う形にしないと終わらない。


 オルド村長が田中を見る。


「森の方。戦になるのか」


「ならないようにする」


「そんなことができるのか」


 田中はすぐには答えなかった。


 できると言い切るほど、まだ自信はない。


 だが、火を食った。


 騎士を退けた。


 村の咳を止めた。


 報酬は積み上がっている。


「試す」


 田中は言った。


 オルド村長は頷く。


 その返事をしながら、田中はもう徴税人の顔を想像していた。


 麦を奪いに来た男が、麦ではなく別のものを帳簿へ書く瞬間。


 村を見下ろす役人が、村を守るためではなく、自分の評価を守るために森の品を選ぶ瞬間。


 説得するつもりはなかった。


 選ばせるつもりだった。


 外で、子どもが小さく咳をした。


 昨日よりずっと軽い咳だった。


 その音が、田中の判断を少しだけ固くした。


 助けたものを、奪わせる気はなかった。


 三日後に来る徴税人は、まだ知らない。


 彼が開く帳簿の余白は、もう白い菌糸に読まれている。




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