第13話 森から来た男
開拓村の入口には、倒れかけた木の柵があった。
田中はその前で立ち止まった。
分体の足に、乾いた泥がついている。外套は盗賊のお下がり。手袋も古い。靴は左右で少し形が違う。
旅人に見える。
貧乏な旅人に。
それなら悪くない。
村人たちは、最初から警戒していた。鍬を持つ男。子どもを家の中へ押し込む女。井戸のそばで腰を曲げた老人。
田中は両手を上げた。
「怪しい者じゃない」
言った瞬間、自分で失敗だと思った。
怪しい者はだいたいそう言う。
村の男が鍬を構え直した。
「森から来たな」
「ああ」
「あの白いキノコを生やしたのは、お前か」
田中は迷った。
正直に言えば怖がられる。
嘘をつけば、後で面倒になる。
会社でも、最初の説明を誤魔化すと後で炎上した。小さな嘘ほど、議事録に残って戻ってくる。
田中は短く答えた。
「関係者だ」
「関係者?」
「森の」
村人たちは顔を見合わせた。
意味は分からない。
だが、神の使いと言うよりはマシだろう。
田中は袋を下ろした。中には白いキノコが入っている。食用。毒なし。腹持ちがいい。
「食料を持ってきた。代わりに、少し話を聞きたい」
パンより分かりやすい交渉はない。
村人の目が、袋へ集まった。
昨日食べた味を覚えているのだろう。子どもが戸口から顔を出す。女がそれを止めようとして、手を止める。
オルド村長が出てきた。
痩せた老人だった。服は何度も縫い直され、袖口が擦り切れている。だが背筋はまだ伸びていた。
「何を聞きたい」
「領主の税。近くの砦。森へ来る兵の数。村が何に困っているか」
オルド村長の顔が硬くなった。
「それを聞いてどうする」
「助けられるものは助ける」
「助けて、何を取る」
正しい質問だった。
田中は少し感心した。
ただで助ける者はいない。オルド村長はそれを知っている。疲れた村を預かる人間の顔だった。
田中は村の中を見た。
空の穀物袋。
割れた鍋。
咳をしている子ども。
補修されない柵。
具体的すぎる貧しさが、そこにあった。
「森を荒らさないこと。兵が来たら教えること。倒れた人間や家畜を、勝手に燃やさないこと」
最後の言葉で、オルド村長の目が細くなった。
「死体をどうする」
田中は答えに詰まった。
ここで「資源にする」と言ったら終わる。
だが、いずれ知られる。
「弔う」
まずそう言った。
それから、ゆっくり続ける。
「その後、土へ還す。森の中で無駄にならないように」
オルド村長は長く黙った。
田中の分体は呼吸の真似を忘れていた。慌てて胸を上下させる。
オルド村長の視線が、そこへ一瞬止まった。
気づかれたか。
冷たい汗は出ない。
だが、冷たい感覚だけが背中を走った。
「……子どもの咳を治せるか」
オルド村長が言った。
田中は、すぐに答えなかった。
治せるかもしれない。
菌で病を抑える。肺に入りすぎないよう薄める。薬草と混ぜる。ゲームの知識と今の体なら、たぶん。
でも失敗すれば、子どもだ。
少し迷った。
その迷いが、田中にはまだ救いに思えた。
「やってみる。だが、絶対とは言わない」
オルド村長は頷いた。
「それでいい。絶対と言う奴ほど信用できん」
田中は、少しだけ笑った。
今度の笑顔は、たぶん自然だった。




