第12話 歩き方の練習
人間のふりは、思ったより大変だった。
まず歩き方。
田中の分体は、最初の一時間で七回転んだ。右足を出す。左足が遅れる。膝が曲がりすぎる。腕を振り忘れる。歩くというより、畑に立てた案山子が無理やり移動しているようだった。
盗賊たちは遠巻きに見ていた。
笑いたそうな顔をしている。
笑わない。
カトラスが横に立っているからだ。
ひび割れた甲冑の騎士が無言で見ているだけで、盗賊たちの背筋は伸びた。会社の偉い人が来た時の朝礼みたいだ。誰も本音を言わない。
「歩き方がおかしいか?」
田中が聞くと、若い盗賊が肩を跳ねさせた。
「い、いえ。ちょっと、こう……膝が、死体っぽいです」
「正直でいい」
「申し訳ありません!」
田中は苦笑しようとした。
口角が上がりすぎた。
盗賊が一歩下がる。
笑顔も練習が必要らしい。
次は瞬きだった。
田中は自分では自然にしているつもりだった。だが盗賊の一人が、目を逸らしながら言った。
「瞬きが……少ないです」
「どのくらい?」
「人を殺す前の蛇みたいです」
「例えが嫌だな」
呼吸も問題だった。
胸を上下させるだけならできる。だが、会話の途中で息を吸うタイミングが分からない。人間は無意識にやっている。田中も人間だった頃はできていた。
今は、意識しないと忘れる。
人間だったのに、人間の動きを忘れている。
その事実が、思ったより気持ち悪かった。
田中は分体の手を見た。白い肌。冷たい指。爪の下の細い菌糸。
これで村へ行く。
大丈夫か。
不安が顔に出たのか、若い盗賊が小さく言った。
「手袋をした方がいいと思います」
「なぜ?」
「手が白すぎます。あと、冷たそうで」
田中は頷いた。
具体的で助かる。
疲れた頭でも分かる改善点だ。手袋。外套。靴。呼吸。瞬き。歩幅。
一つずつ直せばいい。
カトラスが、盗賊たちへ向き直った。
「王の御姿に意見を述べる栄誉を得たな」
盗賊たちの顔が青くなる。
「違う。普通に助かった」
「御意。助言者として生かします」
「だから言い方」
田中は外套を羽織った。盗賊たちが持っていた古いものだ。少し臭う。汗と煙と安酒の匂い。
だが、その生活臭がありがたかった。
人間に見える。
少なくとも、裸で泥をつけた白い何かよりは。
村へ行く前に、田中は森の端まで歩いた。
自分の本体から離れるほど、意識に細い糸のような負荷がかかる。分体の視界と本体の菌糸網が重なり、少し酔う。
便利だが、万能ではない。
遠くへ行きすぎると、たぶん操作が鈍る。
これも覚えておく必要がある。
【胞子分体:初期型】
【接続安定範囲:森周辺】
【耐久:低】
【擬態精度:不完全】
表示は分かりやすい。
低い。
不完全。
それでも歩ける。
田中は森の外へ一歩出た。
太陽の光が、分体の白い肌に当たる。
少し熱い。
少し眩しい。
そして、少し嬉しかった。
自分の足で歩く。
そんな当たり前のことが、今は大きな報酬だった。




