↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
114/118

# 第114話 翠の生体プラント



 夜明けのソルバニア王都は、もう王都ではなかった。


 かつて白い石で敷かれていた広場には、翠色の光が明滅している。


 石畳の隙間から生えた菌糸が、道を、壁を、井戸を、家々の扉を優しく包んでいた。


 焦げた大聖堂の骨組みには、巨大な白い傘が咲いている。


 聖火炉のあった地下からは、鼓動のような音がした。


 どくん。


 どくん。


 王都全体が、生き物の内側になっている。


 かつて市民だった人々は、倒れていなかった。


 立っている者もいる。


 座っている者もいる。


 子どもを抱いたまま眠る母親もいる。


 ただ、全員の皮膚の下に細い菌糸が走り、瞳の奥に翠色の光があった。


 彼らは微笑んでいた。


 永遠に枯れない花のように。


 小さなキノコ分体のシロは、割れた石畳の上にいた。


 人型ではない。


 白い小さな傘。短い柄。足元から伸びる細い菌糸。


 動くたびに、傘の縁がわずかに震える。


 怖い時、人間なら手が震える。


 今のシロには、震える手すらない。


 エレナが隣に立った。


 白衣はもう白衣ではなかった。


 布の繊維に菌糸が混ざり、袖口から淡い胞子がこぼれている。


 肌は人間の色を残している。


 だが、呼吸の間隔が少しおかしい。


 人間より静かで、植物より熱がある。


「ソルバニアにいた頃、この方たちはいつも、誰かを傷つけることや、誰かに裏切られることを恐れて生きていました」


 エレナは、眠る市民たちを見た。


 声は穏やかだった。


 葬儀の声ではない。


 救護所で、熱が下がった子どもを見守る時の声だった。


「でも今は違います」


 彼女は恍惚とした表情で、シロを振り返った。


「主様の胞子に抱かれ、自我という呪いから解き放たれて、ようやく本当の幸せに辿り着いたのですわ」


 その瞳には、一点の曇りもない正義が宿っていた。


 シロは、傘の縁をわずかに震わせた。


 背後で渦巻く圧倒的な狂気を、菌糸越しに感じている。


 違う。


 そう言いたかった。


 これは救済ではない。


 少なくとも、田中だったころの自分ならそう言った。


 だが、菌糸網は別の答えを返してくる。


 死亡者数、減少。


 暴動リスク、消滅。


 飢餓、解消可能。


 医療配布効率、最大化。


 王都機能、統合。


 数字だけ見れば、成功だった。


 だからこそ恐ろしい。


 マティアスが広場の端で膝をついていた。


 彼は菌糸に完全には包まれていない。


 エレナが残したのだ。


 見張り役として。


 証人として。


 罰として。


「これは、虐殺です」


 マティアスの声は掠れていた。


 エレナは悲しそうに微笑んだ。


「いいえ。焼かずに助けました」


 その言葉に、シロは何も返せなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。