# 第114話 翠の生体プラント
夜明けのソルバニア王都は、もう王都ではなかった。
かつて白い石で敷かれていた広場には、翠色の光が明滅している。
石畳の隙間から生えた菌糸が、道を、壁を、井戸を、家々の扉を優しく包んでいた。
焦げた大聖堂の骨組みには、巨大な白い傘が咲いている。
聖火炉のあった地下からは、鼓動のような音がした。
どくん。
どくん。
王都全体が、生き物の内側になっている。
かつて市民だった人々は、倒れていなかった。
立っている者もいる。
座っている者もいる。
子どもを抱いたまま眠る母親もいる。
ただ、全員の皮膚の下に細い菌糸が走り、瞳の奥に翠色の光があった。
彼らは微笑んでいた。
永遠に枯れない花のように。
小さなキノコ分体のシロは、割れた石畳の上にいた。
人型ではない。
白い小さな傘。短い柄。足元から伸びる細い菌糸。
動くたびに、傘の縁がわずかに震える。
怖い時、人間なら手が震える。
今のシロには、震える手すらない。
エレナが隣に立った。
白衣はもう白衣ではなかった。
布の繊維に菌糸が混ざり、袖口から淡い胞子がこぼれている。
肌は人間の色を残している。
だが、呼吸の間隔が少しおかしい。
人間より静かで、植物より熱がある。
「ソルバニアにいた頃、この方たちはいつも、誰かを傷つけることや、誰かに裏切られることを恐れて生きていました」
エレナは、眠る市民たちを見た。
声は穏やかだった。
葬儀の声ではない。
救護所で、熱が下がった子どもを見守る時の声だった。
「でも今は違います」
彼女は恍惚とした表情で、シロを振り返った。
「主様の胞子に抱かれ、自我という呪いから解き放たれて、ようやく本当の幸せに辿り着いたのですわ」
その瞳には、一点の曇りもない正義が宿っていた。
シロは、傘の縁をわずかに震わせた。
背後で渦巻く圧倒的な狂気を、菌糸越しに感じている。
違う。
そう言いたかった。
これは救済ではない。
少なくとも、田中だったころの自分ならそう言った。
だが、菌糸網は別の答えを返してくる。
死亡者数、減少。
暴動リスク、消滅。
飢餓、解消可能。
医療配布効率、最大化。
王都機能、統合。
数字だけ見れば、成功だった。
だからこそ恐ろしい。
マティアスが広場の端で膝をついていた。
彼は菌糸に完全には包まれていない。
エレナが残したのだ。
見張り役として。
証人として。
罰として。
「これは、虐殺です」
マティアスの声は掠れていた。
エレナは悲しそうに微笑んだ。
「いいえ。焼かずに助けました」
その言葉に、シロは何も返せなかった。




