# 第111話 王都閉鎖
バルテロは撤退しなかった。
できなかった。
ここで退けば、白火教会は負けを認めることになる。
聖火が効かない。
聖女を焼けない。
病人は森へ行く。
その三つを認めた瞬間、彼の椅子はただの高い椅子になる。
「東門を閉じよ」
命令は王都全体へ出た。
白い森へ向かう者を止めるため。
堕ちた聖女の噂を封じるため。
異形を王都へ入れないため。
言葉は全部、守るための形をしていた。
だが実際に閉じ込められたのは、病人と老人と子どもだった。
東門の内側で、母親が泣いている。
「薬だけでも取りに行かせてください」
門番は目を逸らした。
「命令だ」
「子どもが熱を出しているんです」
「命令だ」
言葉が二回目になると、門番自身も苦しそうだった。
現場の人間は、たいてい悪魔ではない。
ただ、命令の板挟みで人を見捨てる。
それが一番つらい。
マティアスは門へ走った。
古い祈祷書を抱え、息を切らす。
「門を開けなさい」
「司祭様、上からの命令です」
「上はこの子の熱を見ていません」
門番は答えられなかった。
その時、王都の地下で熱が動いた。
聖火炉の儀式管が開かれたのだ。
バルテロは王都を閉じ、王都の中から白い森を焼くつもりだった。
大聖堂の火を、古い地下管を通して東門へ流す。
昔の戦争で一度だけ使われた国の火。
使えば水路が乾く。
薬草院の温室が枯れる。
井戸まで熱を持つ。
それでもバルテロは言った。
「神が選ぶ」
シロは地下から、その言葉を菌糸越しに聞いた。
胸の奥が冷えた。
神が選ぶ。
便利な言葉だ。
責任を取らない上司の「総合的に判断した」と同じ匂いがする。
「エレナさん」
シロは分体を通して言った。
「王都の火が動きます。逃げ道が閉じられました」
エレナは目を閉じた。
一瞬、祈るように見えた。
だが次に開いた瞳は、祈りだけではなかった。
「なら、門を内側から開きます」
「できますか」
「私だけではできません」
彼女は自分の胸に手を当てた。
「だから、もっと深く繋げてください。治療のためでは足りません。王都に届くほど、私を菌糸にしてください」
シロは返事を失った。
それは、もう軽い共生ではない。
人間の境目を越える願いだった。




