# 第110話 同意なき救済ではない
マティアスは戦場に遅れて着いた。
白い袖は煤で汚れ、古い祈祷書は胸に抱えたままだ。
彼が見たのは、奇妙な光景だった。
白火騎士が倒れている。
だが死体は少ない。
負傷者は白い森の寝台へ運ばれ、エレナが包帯を巻いている。
その横で、菌糸が炎の跡に広がっていた。
焼いた場所ほど、白い傘が増えている。
悪夢のようだ。
同時に、救護所だけはまともだった。
水がある。
薬がある。
パンがある。
泣いている者の隣に、誰かが座っている。
マティアスは、足が止まった。
間違っている。
異形の森だ。
信仰を奪う場所だ。
そう思うのに、ここには教会より多くの寝台がある。
「マティアス司祭」
エレナが振り向いた。
焦げた白衣。処刑台で焼かれかけた跡。
それでも彼女は、倒れた騎士の血を拭いている。
「なぜ、騎士を治す」
マティアスの声は震えた。
「あなたを焼こうとした者たちです」
「病人だからです」
エレナは短く答えた。
その答えが、マティアスを黙らせた。
教義より単純だった。
そして、逃げ場がなかった。
「それでも」
マティアスは喉を押さえた。
「同意なき救済は、救済ではありません。民が怖がっているなら、押しつけてはいけない」
エレナは頷いた。
「はい」
素直すぎる返事だった。
「ですから、聞きます」
エレナは倒れた騎士の手を握った。
「治療を望みますか。望まないなら、私は触れません」
騎士は歯を食いしばった。
誇りがある。
教義がある。
異形に助けられる屈辱がある。
だが痛みもある。
足の骨が折れている。
出血している。
遠くに、彼の弟らしい若い騎士が泣いている。
騎士は目を閉じた。
「……足を、残せるか」
「努力します」
「なら、頼む」
同意だった。
マティアスは言葉を失った。
彼の正しさは、まだ死んでいない。
同意は必要だ。
押しつけは救済ではない。
だが、同意を取ったうえで薬と寝台を出されたら、彼は何で反対すればいい。
バルテロの馬車が遠くで止まった。
枢機卿は怒鳴っている。
負傷者を戻せ。
聖火で清めろ。
異形の治療を受けた者は記録しろ。
その声を聞いた民衆が、少しずつ白い森の側へ寄った。
怖いからではない。
寝台がこちらにあるからだ。
パンがこちらにあるからだ。
火がこちらでは焚かれないからだ。
マティアスは、その事実に負け始めていた。




