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# 第108話 聖火騎士団の進軍



 聖火騎士団が東門を出た。


 白い盾。銀の鎧。聖油壺を積んだ荷車。


 先頭には、赤い頬のバルテロが乗る儀礼馬車がある。


 戦争ではなく、浄化行だと布告された。


 異形に奪われた堕ちた聖女を取り戻す。


 病を焼く。


 民を守る。


 言葉だけなら立派だった。


 馬車の中で、バルテロは薄い鑑定板を指で叩いた。


 表示は変わらない。


【シロ Lv1】


 種族不明。


 職業不明。


 ただし、数字は一だった。


「一だぞ」


 バルテロは笑った。


「どれほど民を惑わせようと、どれほど堕ちた聖女を飾ろうと、芯はレベル一の異形だ。火を恐れぬ怪物などいない。恐れぬなら、恐れるまで焼けばよい」


 随行司祭の一人が、少しだけ唇を噛んだ。


 現場から届く報告には、火で増える、という文字があった。


 だがバルテロは読まなかった。


 読んだうえで、信じなかった。


 彼にとって、レベル一はレベル一だった。


 神の火に焼かれる側の数字だった。


 森の側で、シロはその報告を聞いていた。


 鑑定板がまだ同じ数字を出している。


 それは危険でもあり、便利でもあった。


 ゲーム時代の掲示板に残っていた短いバグ報告を思い出す。表示レベルは一。内部値は別枠。鑑定は種族と職業を読めない。


 相手が数字を信じるなら、最初の判断を間違えてくれる。


 少しだけ、申し訳なかった。


 だが戦場で相手の誤解を直す義理まではない。


 だが沿道の民衆は、前ほど手を振らない。


 子どもを抱えた母親は窓を閉める。


 老人は咳を隠す。


 パン屋の店主は、白い森へ向かう旅人用の固いパンを棚の奥へ隠した。


 見つかれば罰せられる。


 それでも売る。


 白い森の薬を飲んだ客が、翌朝に代金を払いに来たからだ。


 現実は、説教より強い。


 森の側では、カトラスが道を見ていた。


 白い甲冑。空洞のような目。丁寧すぎる一礼。


 彼の後ろに、第一菌騎士小隊が並ぶ。


 元は死者だった者たちだ。


 歩き方にはまだ人間の癖が残っている。


 だが呼吸はない。


 恐怖も薄い。


 聖火騎士たちは、彼らを見ればきっと剣を握る。


 カトラスはシロへ報告した。


「敵軍、接近。聖油壺多数。火計を主とする布陣です」


「火は避けたいですね」


 シロは本心で言った。


 痛いからだ。


 燃えれば増える。


 でも痛い。


 そこを幹部たちは、あまり分かってくれない。


 エレナは静かに目を伏せた。


「主は、聖火をも糧とされるのですね」


「違います。避けたいと言いました」


「はい。無用な犠牲を避けたい、という慈悲ですね」


 もう駄目だ。


 シロは説明を諦めかけた。


 リゼットだけが、木板に数値を書いている。


「火属性入力時の菌糸増殖率を測れます。大規模実験です」


「戦場を実験って言わないでください」


「では、自然発生した観察機会」


「もっと悪い」


 少しだけ場がゆるんだ。


 だがすぐに、遠くで聖歌が聞こえた。


 白火騎士団の行軍歌。


 エレナの表情が硬くなる。


 彼女はあの歌を知っている。


 孤児院で歌った。病人の手を握りながら歌った。


 そして処刑台でも、聞いた。


「焼かずに助ける森だと、見せます」


 エレナは言った。


 シロは頷いた。


「できるだけ殺さずに」


 カトラスが深く頭を下げる。


「承知しました。軍制を解体します」


「そこまで言ってません」


 返事はなかった。


 戦場の向こうで、聖火が上がった。


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